発売日: 1999年3月8日
ジャンル: サイケデリック・ロック、プログレッシブ・ロック、インディーロック、宗教的ロック
概要
『Peasants, Pigs & Astronauts』は、Kula Shakerが1999年に発表したセカンド・アルバムであり、
スピリチュアリズムと政治批判、内面宇宙と現実世界を大胆に融合させた、
“サイケデリック・ロック叙事詩”のような意欲作である。
前作『K』の成功によって高い注目を集めた中でリリースされた本作は、
制作段階で複数のプロデューサー（ジョージ・ドラクリアス、ボブ・エズリンら）を起用しながらも難航し、
結果的にバンド自身の手によって緻密に仕上げられた“精神的かつ構造的に複雑なアルバム”となった。
アルバムタイトルの「Peasants, Pigs & Astronauts（農民、豚、宇宙飛行士）」は、
物質的な者、貪欲な者、そして精神的な者という人間存在の三分類的象徴とも言える。
インド的神秘主義と西洋的ロックの再融合はさらに進み、
タブラ、サロード、マントラといった要素に加え、アリーナ級のロックアレンジが並存している。
その実験性ゆえに評価は分かれたが、今なお90年代末のロックシーンにおける“最も過剰で美しい混沌”として語り継がれる作品である。
全曲レビュー
1. Great Hosannah
宗教的な高揚感と壮大なコーラスが開幕を飾る。
“ホサナ”という讃美の言葉が鳴り響く中、神秘と啓示の音楽的儀式が始まるような感覚を与えるイントロダクション。
2. Mystical Machine Gun
代表曲のひとつ。タイトルの“神秘的機関銃”は、スピリチュアルな啓示と現代の暴力の対比を示す。
ビートルズ風のストリングスやインド打楽器が絡み合う、強烈なサイケ・ポップ。
3. S.O.S.
“助けを求める声”が淡々と響く、メランコリックなスローナンバー。
現代社会の孤独や無力感を、抑制された語り口で浮かび上がらせる静かな名曲。
4. Radhe Radhe
ヒンディー語で“ラーダ神の名を称える言葉”をリフレインとする、
ヒンドゥー精神世界への純粋なオマージュ。トランス感の強い構成で、宗教的恍惚を誘う。
5. I’m Still Here
日常的な言葉で歌われながらも、“ここにまだいる”という存在の確認と自己肯定の祈りが込められている。
ソフトなバンドアンサンブルが、暖かな余韻を生む。
6. Shower Your Love
本作中もっともポップでラジオ向きな楽曲。
ジョージ・ハリスン的なメロディ感と、“愛を降り注いでくれ”という普遍的なメッセージが響く、
Kula Shaker流のラヴソング。
7. 108 Battles (Of the Mind)
“108の心の戦い”という仏教的概念に根ざしたコンセプチュアルなナンバー。
精神修行や内面との対峙を象徴するミニ・ロック・オペラ的楽曲。
8. Sound of Drums
本作でもっともロック的な推進力を持つキラートラック。
“鼓動”＝ドラムという生命的なモチーフが、霊性とリズムの一体化を図る。ライブでも定番。
9. Timeworm
“時の虫”というSF的・神秘的イメージが広がる短編インストゥルメンタル。
アルバムの緩急を調整する中継点として機能。
10. Last Farewell
別れと旅立ちをテーマにしたバラード。
弦楽器とアコースティックが絡み合い、輪廻や転生のビジョンを想起させる静かな終焉。
11. Golden Avatar
最後にして最大のスピリチュアル体験。
“黄金の化身”というタイトル通り、神性や内なる光に触れるような荘厳なフィナーレ。
ヒンドゥー哲学とイギリス文学的美意識が交差する、異文化ロックの極致。
総評
『Peasants, Pigs & Astronauts』は、Kula Shakerが精神性とロックの可能性を限界まで追求したアルバムである。
デビュー作『K』にあったポップ性や明快さは後退したが、
その代わりに、音楽を通して“人はどこへ行くのか、何を信じるのか”という根源的問いを投げかける、
思想的かつ物語的なスケールが圧倒的に増した。
宗教、哲学、政治、愛——そのすべてが音の中で渦巻く本作は、
ロック・バンドの表現力としては稀に見る高次元の試みであり、聴く者に精神的集中と能動的な解釈を求める。
過剰とも取られるその演出も含めて、
本作は90年代末の英国ロックが持ちえた“最大の野心”の一つだったのかもしれない。
おすすめアルバム
- The Tea Party / Transmission
東洋思想とヘヴィロックを融合させたスピリチュアル・ロックの異端作。 - George Harrison / Brainwashed
インド哲学と英国メロディの融合という共通点を持つ後期傑作。 - The Verve / A Storm in Heaven
宗教的ともいえる音響美と精神の揺らぎを内包する初期サイケ。 - Yes / Close to the Edge
哲学・宗教・音楽を超高密度で融合したプログレッシブロックの金字塔。 - Dead Can Dance / Spiritchaser
民族音楽と宗教儀式的な音像で描く超越的音楽体験。
歌詞の深読みと文化的背景
本作のリリックは、ヒンドゥー教・仏教・キリスト教といった宗教概念、
西洋の政治批判、東洋の宇宙観が多層的に折り重なる構造を持つ。
「Mystical Machine Gun」では、“祈りと暴力”という一見矛盾した主題を、
機械化された世界と霊性の対比として描き出し、現代社会における信仰のかたちを問う。
「108 Battles」では、煩悩の数に象徴される“心の葛藤”をドラマチックに可視化し、
「Golden Avatar」では、神格化された存在と人間の可能性が重ね合わされる。
こうした歌詞は、宗教的メタファーとして機能するだけでなく、
“精神的に目覚めること”への招待であり、聴き手自身が“農民”なのか“豚”なのか“宇宙飛行士”なのかを問う自己照射的構造を取っている。
『Peasants, Pigs & Astronauts』は、ただのロックではない。
これはひとつの思想体系であり、音楽を通した現代的神話なのだ。
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