1. 歌詞の概要
「Paris(パリ)」は、The Chainsmokers(ザ・チェインスモーカーズ)が2017年にリリースした楽曲であり、彼らのデビュー・アルバム『Memories…Do Not Open』に収録されている。Andrew Taggart(アンドリュー・タガート)によるリードボーカルと、フランス出身のエミリー・ウォーレン(Emily Warren)のささやくようなバッキング・ボーカルが織りなす、静かで夢幻的なムードが特徴である。
歌詞の中で描かれる「Paris」は、単なる地名ではなく、「現実逃避の象徴」として機能している。主人公たちは現実の問題から逃げるように、心の中の“パリ”へ向かおうとしている。それは物理的な旅というよりは、感情的・精神的な“場所”であり、苦しみや痛みから自分たちを守ってくれる“幻想の聖域”である。
特に印象的なのは、“If we go down then we go down together(もし落ちるとしても、ふたりで一緒に落ちる)”というライン。これは破滅や孤立を恐れるのではなく、それすらもふたりの関係性によって美化しようとする、ある種の“ロマンチックな共依存”を描いている。
この楽曲は、若さゆえの無鉄砲さや孤独、そしてその中で見出されるかすかな愛と希望を、美しいメロディと抑制されたプロダクションで包み込んでいる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Paris」は、The Chainsmokersが「Closer」で世界的ブレイクを果たした直後に発表したシングルであり、期待の高さとプレッシャーの中で制作された作品である。アンドリュー・タガートが再びリードボーカルを務めており、前作のような男女の掛け合い形式はとらず、より内省的で静かな雰囲気が全体を支配している。
制作に参加したエミリー・ウォーレンは、以前からThe Chainsmokersと共作を続けてきたソングライターであり、この曲でも声をひそやかに重ねることで、視覚的にも聴覚的にも“遠くにある存在”のような演出を生み出している。実際、彼女のボーカルはクレジットされていないが、曲における重要な“空気”を構成する要素となっている。
「Paris」という言葉が選ばれた理由について、バンドは「それは逃避のメタファーであり、実際にパリに行ったというよりも、心が“どこか遠く”にあるような感覚を象徴している」と語っている。歌詞に登場するのは、家庭環境の悪化や人生に対する倦怠など、20代の若者が直面する“リアルな問題”であり、だからこそこの曲は同世代の共感を集めた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Paris」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Paris
“We were staying in Paris / To get away from your parents”
パリに滞在していた/君の両親から逃れるために
“And I thought, ‘Wow, if I could take this in a shot right now’”
僕は思った、「今この瞬間を切り取れたら」と
“I said, ‘I think we should go to Paris’ / I said it jokingly”
「パリに行こうよ」って、冗談のつもりで言ったけど
“But if we go down, then we go down together”
でも、もし落ちるとしても、ふたりで一緒に落ちよう
“They’ll say you could do anything / They’ll say that I was clever”
みんな君を称えるだろう/僕のことは「賢かった」と言うだろう
このリフレインは、ふたりの関係が世間に認められなくても、自分たちの絆だけを信じているという姿勢を象徴している。恋愛を現実の苦しみからの逃避としてだけでなく、「世界に背を向けても大丈夫」と思わせてくれる支えとして描いているのが特徴的である。
4. 歌詞の考察
「Paris」の歌詞は、一見するとロマンティックな逃避行を描いた物語のように見えるが、その実、深い内面の葛藤と不安、そして現実から目を逸らそうとする“甘い共謀”が根底に流れている。
ふたりは明らかに傷ついており、環境や人間関係に問題を抱えている。しかし、それを解決するのではなく、「ふたりで一緒に沈んでいこう」と言ってしまうあたりに、この楽曲の独特な美学がある。そこには、愛がもたらす救済ではなく、「愛と一緒なら、破滅すら美しい」と思ってしまうような、若さ特有の危うい感性が描かれている。
さらに、「パリに行こう」という発言が“冗談だった”と述べられている点が重要である。それは現実逃避を理性が止めようとする瞬間であり、けれども結局は冗談が現実になってしまうという、感情と行動のズレがある。これは、現代の若者がしばしば経験する「感情の暴走と現実のギャップ」を象徴している。
最も切ないのは、「They’ll say you could do anything(君ならなんでもできた)」というラインに込められた“後悔の予感”である。それは、ふたりが選んだ道が最良ではなかったかもしれないと、未来の誰かに言われるであろうことを暗示している。つまり、この歌には最初から、悲劇の予感が静かに漂っているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Youth” by Daughter
若さと逃避、愛にすがる感情を繊細なメロディで描いたバラード。 - “The Night We Met” by Lord Huron
取り戻せない過去と、それにすがる心情を叙情的に歌った名曲。 - “Ghost” by Justin Bieber
亡霊のように心に残る恋をテーマにした、静かなエレクトロ・ポップ。 - “Supercut” by Lorde
頭の中で編集された恋の記憶を、リアリズムと夢想で描いた1曲。 - “Runaway” by AURORA
現実から逃げ出したい少女の心を、神秘的なサウンドで表現した作品。
6. “若さの幻想”を音楽にした、夢と現実のあいだ
「Paris」は、恋愛ソングでありながら、その本質には“自己防衛”と“理想化された記憶”という要素が強く根を張っている。
主人公たちは、社会からの孤立や家族関係の亀裂という現実から逃げるようにして、お互いだけを頼りに生きようとしている。それは、ある意味で無責任であり、現実逃避に過ぎないかもしれない。
しかしその“不完全な愛”こそが、逆にリスナーの心を打つ。
若さとは、正しさよりも衝動を信じる時期であり、時に“逃げること”もまた成長の一部である。「Paris」は、その迷いと曖昧さ、そして刹那的な美しさを、シンプルな言葉と静かなサウンドで紡ぎ出した傑作だ。
ふたりの逃避行は、決して幸福な結末を迎えるわけではないかもしれない。だが、その“逃げていた日々”こそが、誰かにとっての“永遠の記憶”になる——「Paris」はそんな、痛みを含んだ愛の記録として、多くの人々の記憶に残り続けている。
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