発売日: 1967年12月
ジャンル: バロック・ポップ、サイケデリック・ポップ、ヴォーカル・ポップ
影とカオスのポップ劇場——Harry Nilssonという才能の開幕宣言
『Pandemonium Shadow Show』は、アメリカのシンガーソングライターHarry Nilssonが1967年に発表したメジャーデビュー・アルバムであり、“ポップ職人”としての非凡な才能を世界に示した出発点である。
タイトルの“Pandemonium（修羅場）”と“Shadow Show（影の劇場）”が示す通り、本作にはユーモアと幻想、悲しみと演劇的構造が入り乱れた、独自のポップ・オペラ的世界観が広がっている。
この作品が出た当時、Nilssonはまだ一般には無名だったが、このアルバムを聴いたビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーが“お気に入りのアメリカ人アーティスト”として彼の名を挙げたことで一気に注目されるようになる。
類まれなソングライティング能力と3オクターブ以上のヴォーカルレンジを誇る歌唱力、そして独創的なアレンジセンスは、本作にしてすでに完成されている。
全曲レビュー
1. Ten Little Indians
Randy Newman作のナンバーをカバー。
マザーグース風の童謡に見せかけたブラックなユーモアが効いており、Nilssonのヴォーカルアクロバットとアレンジの妙技が炸裂する。
2. 1941
自作曲。父親に捨てられた少年時代をベースにした半自伝的楽曲で、
シンプルなメロディのなかに喪失と希望が交錯する抒情性が宿る。
のちのRingo Starrや浅川マキなどもカバーした名曲。
3. Cuddly Toy
Monkeesが先に取り上げたことで知られるポップ・ソング。
可愛らしいタイトルとは裏腹に、皮肉と挑発が潜むリリックが印象的。
カラフルでサイケ気味のアレンジも耳に残る。
4. She Sang Hymns Out of Tune
フォーク・ソング的な趣があり、やや浮遊感のあるアレンジ。
非現実的な登場人物の描写が、Nilssonらしいナンセンス文学的感覚を感じさせる。
5. You Can’t Do That
ビートルズの楽曲を下敷きにした、巧妙なメドレー／オマージュ構成。
「You Can’t Do That」のメロディを軸に、20以上のビートルズ・ソングのフレーズが織り込まれるという実験的な“愛のサンプル”。
6. Sleep Late, My Lady Friend
優雅で絵画的な描写のラブソング。
淡い管弦楽とともに流れるメロディが、バロック・ポップ的な豊かさを際立たせる。
7. She’s Leaving Home
ビートルズの名曲のカバーだが、原曲のメロドラマ性をあえて抑え、淡々と歌うことで逆に切なさが引き立つ。
オリジナルとは違う感情のレイヤーが浮かび上がる好例。
8. There Will Never Be
スローでソウルフルな楽曲。
リリックの詩的な断絶と、ヴォーカルの情感がじわじわと滲み出るナンバー。
9. Without Her
Nilssonの初期を代表するバラードのひとつ。
シンプルなピアノとストリングスによる伴奏に、“彼女なしでは”という痛みの感情が剥き出しになる。
ジャズやボサノヴァにも通じるコード進行が美しい。
10. Freckles
ユーモラスな語り口とリズムが楽しい一曲。
物語性のある構成が、まるで短編小説のように展開する。
ラストの転調でドラマが一気に開かれる構成が絶妙。
11. It’s Been So Long
ポップで明るいが、どこか寂しげな余韻を残す中間テンポの楽曲。
“久しぶりだね”という再会の言葉に、時間の流れと距離の切なさが滲む。
12. River Deep – Mountain High
Phil Spectorプロデュースで知られる原曲のカバー。
Nilssonはこの大仰な楽曲をあえてダウントーンで演じることで、新たな解釈を提示している。
総評
『Pandemonium Shadow Show』は、Harry Nilssonという稀代の音楽家が一人の作家、アレンジャー、歌い手として、すでに“完成された存在”であったことを証明する作品である。
その後のアルバムほど大胆ではないが、すでにこの時点でポップと文学、ユーモアと痛みのバランス感覚が確立されており、
聴けば聴くほどにその奥行きに驚かされる。
ビートルズへの愛、ラウンジ・ミュージックからの影響、劇伴的な構築力。
それらすべてが“ショー”として組み立てられ、まるでサーカスのように目まぐるしく、どこか哀しい音楽劇が繰り広げられる。
“Pandemonium（修羅場）”とはNilsson自身の内面、
“Shadow Show（影の劇場）”とは彼が描く音楽の鏡像だったのかもしれない。
おすすめアルバム
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Randy Newman – Sail Away
知的なユーモアとアメリカーナへの皮肉に満ちたソングライター作。 -
Van Dyke Parks – Song Cycle
実験的なバロック・ポップの金字塔。Nilssonの美学と響き合う。 -
The Beatles – Magical Mystery Tour
サイケとバロックの間を行き来する、Nilssonと時代性を共有する一枚。 -
Scott Walker – Scott 2
文学的なリリックとラウンジ風アレンジがNilssonと近しい精神性を持つ。 -
Emitt Rhodes – Emitt Rhodes
ソロ宅録ポップの名作。Nilsson的なDIY美学を別角度から体現している。
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