発売日: 1969年12月
ジャンル: サイケデリックロック、ハードロック、ブルースロック
概要
『Out Here』は、Loveが1969年にリリースした通算5作目のスタジオ・アルバムであり、アーサー・リー率いる“第二期Love”が本格的に始動した最初の大作である。
前作『Four Sail』と同時期に録音された音源をベースに構成された2枚組アルバムで、ElektoraからBlue Thumbへとレーベルを移籍後の第一弾作品として発表された。
当初は一部を除いて、アーサー・リーのプロデュースと編集によるセルフ・マネージドな内容で、自由度の高い構成と実験精神が際立っている。
本作は、サイケデリック、ブルース、フォーク、ハードロック、さらにはフリージャズ的要素までを飲み込んだ、無軌道かつ濃密な“音の迷宮”である。
その長尺性と玉石混交の内容から評価が分かれることも多いが、逆に言えばアーサー・リーの多面的な創造力と、“編集されない衝動”をそのまま封じ込めた貴重なドキュメントともいえる。
全曲レビュー(Disc 1)
1. I’ll Pray for You
優しいアコースティック・ギターで幕を開けるスピリチュアルなナンバー。
祈りと献身をテーマにしつつも、リー特有の曖昧な言い回しが心に余白を残す。
『Forever Changes』期の名残を感じさせる穏やかな導入。
2. Abalony
口語的なリリックと繰り返しのリズムが印象的な、ブルージーでユーモラスな短編曲。
歌詞には食材や生活感がちりばめられ、ヒッピー時代の無垢さを感じさせる。
3. Signed D.C.
デビュー作のリメイク版。
オリジナルのアコースティックな静けさとは異なり、こちらはエレクトリックなブルース・バラードとして再構築されている。
ドラッグ依存と自己崩壊の深い悲しみが、より生々しく響く。
4. Listen to My Song
アーサー・リーのナラティヴな語り口が光るミディアム・フォーク・ロック。
“僕の歌を聴いてくれ”という直球のタイトルに、アーティストとしての自負と孤独が滲む。
5. I’m Down
アップテンポのガレージ・ナンバー。
ロックンロールの祝祭性と悲観が同居しており、荒削りだが力強い。
6. Stand Out
本作の中でも比較的キャッチーなロック・チューンで、後にシングルカットされた。
“自分を際立たせろ”というテーマが、69年当時の若者の叫びとリンクする。
7. Discharged
ブルース・ロックの即興的展開が炸裂するナンバー。
リズムの反復とギターのうねりがトランス感を生み出す、バンドの演奏力が試される曲。
全曲レビュー(Disc 2)
1. Doggone
Disc 2の幕開けは、11分超のサイケ・ジャム。
長尺のギター・インプロヴィゼーションに加え、途中のカリンバ風パートではアフロ・スピリチュアルな感覚も顔を出す。
Love史上もっとも実験的で催眠的なトラック。
2. I Still Wonder
ロマンティックなメロディが際立つ、シンプルなラブソング。
“まだ僕は不思議に思っている”というフレーズに、過去への郷愁と未練がにじむ。
3. Love Is More Than Words (or Better Late Than Never)
タイトル通り、愛は言葉以上のものであるとする精神的なメッセージソング。
フォーク的なコード感とサイケ的装飾が融合し、浮遊感を帯びた音世界を形成する。
4. Nice to Be
軽やかなフォーク・ロック。
“ここにいることはいいことだ”というフレーズが、静かな肯定として響く。
自己受容の瞬間を描くような明るさが印象的。
5. Car Lights on in the Day Time Blues
交通事故をモチーフにしたブルース・ナンバー。
ギターとハーモニカが絡む泥臭い演奏と、黒いユーモアに満ちた歌詞が特徴。
6. Run to the Top
ドライヴ感のあるロック・ナンバー。
“頂点へ走れ”というフレーズが、時代の高揚感と焦燥を象徴する。
ギターソロの切れ味も鋭い。
7. Willow Willow
しだれ柳(Willow)をモチーフにした、フォーク的バラード。
風景と感情が融合したようなリリックが印象的で、Loveの叙情性が光る。
8. Instra-Mental
実験的なインスト・トラック。
タイトル通り“インストゥルメンタル”と“本能的(Instinctual)”を掛けた言葉遊びが込められている。
9. You Are Something
愛の価値を静かに確認するようなバラード。
素朴なメロディの裏に、リーの繊細な感情が織り込まれている。
10. Gather ‘Round
アルバムを締めくくるゴスペル調の楽曲。
“皆集まれ”という呼びかけのように、共同体と希望への希求が描かれる。
荒野を歩き続けたLoveが最後に求めた、“つながり”の歌。
総評
『Out Here』は、Loveの中でも最も自由で、最も分裂的なアルバムである。
そこには構成美や完成度よりも、アーサー・リーという一人のアーティストの“あふれ出る創造”が、ほとばしるままに記録されている。
前作『Four Sail』よりもさらに多様で、緻密で、そして混沌としており、Loveという名のカオスが音として具現化された作品といえる。
ジャム・セッション、ブルースの衝動、フォークの叙情、実験的音響処理——すべてが1つのアルバムに詰め込まれているが、その不統一性が“Loveらしさ”でもある。
このアルバムを楽しむには、完成された美よりも“過程の美”に耳を澄ませる感覚が必要なのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
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Love – False Start (1970)
本作と地続きのサウンドを持つ次作。ジミ・ヘンドリックスも参加している。 -
The Jimi Hendrix Experience – Axis: Bold as Love (1967)
ブルースとサイケの融合、ギターの即興性が『Doggone』と共鳴する。 -
Can – Monster Movie (1969)
ジャム性と反復性に満ちたドイツ発のクラウトロック。Loveの即興性とリンクする。 -
Captain Beefheart – Safe as Milk (1967)
荒削りなブルースとアヴァンギャルドが交錯。Loveのアウトサイダー性に通じる。 -
The Grateful Dead – Anthem of the Sun (1968)
スタジオとライヴの境界を溶かした実験作。『Out Here』の構成感覚と共通。
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