
1. 歌詞の概要
「On My Mind」は、Jorja SmithとUKガラージュ/グライムシーンで活躍するプロデューサーPreditahとのコラボレーションによって2017年にリリースされたシングルです。これまでのソウルフルで内省的なトーンとは異なり、この曲では90年代〜2000年代初期のUKガラージュのエネルギーをまとった、クラブライクでグルーヴィーなトラックの上で、彼女はより自立した強い女性像を打ち出しています。
歌詞は、過去の恋人との関係に終止符を打ち、自らの意思で前へ進もうとする女性の姿を描いています。「あなたはもう私の心の中にいない」「私はもう振り向かない」という、感傷に溺れることなく自己の感情を冷静に整理しようとする声が印象的です。恋愛に対して弱さを見せることなく、むしろ自分の足でしっかりと立とうとする姿勢は、当時20歳を迎えたばかりのJorja Smithの新しい一面を象徴するものとなっています。
また、タイトルの「On My Mind(私の心の中)」という言葉は、恋人を忘れられずにいる状況を思わせるようでいて、実はその“記憶”すらも過去のものになりつつあるという逆説的なニュアンスを含んでいます。その二重性が、楽曲全体に知的で鋭い余韻を与えているのです。
2. 歌詞のバックグラウンド
Jorja Smithは2016年のデビュー以降、ジャンルを横断しながら自己表現の幅を広げてきましたが、「On My Mind」は彼女がUKのストリートミュージックの系譜——特にガラージュやグライム——に接続した最初の本格的シングルでもあります。
プロデューサーのPreditahは、SkeptaやWiley、JMEなどグライム界の主要人物とのコラボで知られており、当時から高い評価を受けていた存在。このコラボによって、ソウルやR&Bだけでなく、よりクラブシーンやストリートカルチャーに根差したJorjaのアーティスト像が形成されていきました。
また、「On My Mind」はSoundCloudを中心に拡散され、UK国内だけでなく国際的にも多くのリスナーに届きました。Jorja Smithのキャリアの中でも商業性と芸術性がうまく交差した作品であり、同年のDrakeとの共演やデビューアルバムへと繋がる重要なステップとなったシングルでもあります。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「On My Mind」の印象的な歌詞の一部を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
Mindin’ my business
So why don’t you mind yours?
私は自分のことだけ考えてる
だからあなたも、あなたのことだけ考えてよ
I was doing just fine, should I find something new?
Or should I be trippin’ on you?
私は元気にやってたのよ、新しい人を探すべき?
それともまだ、あなたにこだわってるべき?
‘Cause I don’t want to feel the way that I do
But I like it
今の気持ちは本当はイヤ
でもどこか、そんな気分も悪くない
You got me feeling emotions
That I don’t usually feel
あなたのせいで、普段は感じないような感情が湧いてくる
But I’m not on your time
And I’m not on your mind
でも私は、あなたの時間の中にはいない
あなたの心にも、もういないのよ
歌詞引用元: Genius – On My Mind
4. 歌詞の考察
「On My Mind」の魅力は、そのタイトルにある“矛盾”にあります。一見すると「あなたのことが頭から離れない」という恋愛ソングの常套句のように思えますが、実際の歌詞はむしろ「もうあなたは私の心にはいない」「私は自由だ」と自分自身に言い聞かせている内容です。つまり、完全に吹っ切れたわけではないけれど、それでも前に進もうとする強さ——その揺らぎと意志のあいだに、リアルな感情が滲んでいるのです。
また、サウンドの持つ軽快さと歌詞の冷静さのコントラストが見事です。トラックはクラブライクでノリが良く、リスナーに躍らせるようなエネルギーを持っていますが、Jorjaのボーカルは決して浮ついておらず、むしろクールで理知的です。この冷静さが、「楽しいフリをしていても、本当は心の整理をしている最中」という微妙な心理をリアルに伝えてくれます。
そして特筆すべきは、女性主体の語りが強く打ち出されている点です。「Be Honest」や「Don’t Watch Me Cry」などでも見られるように、Jorja Smithの歌詞には“恋愛における自己の確立”がしばしば描かれますが、「On My Mind」ではそれがより明快に提示されており、若い女性が“誰かに左右されるのではなく、自分の感情を自分で選び取る”というスタンスが鮮明に表れています。
歌詞引用元: Genius – On My Mind
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Finders Keepers by Mabel feat. Kojo Funds
同じくUKガラージュ的なビートの上で、恋愛の主導権を女性が握るスタイルを描いた一曲。 - My Love by Route 94 feat. Jess Glynne
クラブ系サウンドにソウルフルな女性ボーカルを乗せた名曲。感情とグルーヴの絶妙なバランスが共通。 - Don’t Start Now by Dua Lipa
恋愛からの自立と再起をテーマにしたポップ・アンセム。アップテンポながらも強い意志を感じさせる。 - Lost Ones by Lauryn Hill
別れの後に感じる複雑な感情と自己肯定が重なる名曲。表現方法は違えど、テーマ性に共通点がある。
6. ジャンルを横断するアーティストとしての可能性
「On My Mind」は、Jorja Smithが“ソウルの新星”という枠を超え、より幅広い音楽的視野を持ったアーティストであることを証明した楽曲です。ここでの彼女はもはや「静かに歌うR&Bシンガー」ではなく、UKガラージュやグライムといったジャンルを自在に取り入れ、自らの表現スタイルを進化させる存在へと移行しています。
この作品をきっかけに、彼女はより多くのプロデューサーやアーティストとコラボレーションを重ね、R&B、ジャズ、アフロビート、ネオソウル、クラブミュージックといった多様なスタイルを自分のものとして昇華していきました。
「On My Mind」はその意味で、彼女のキャリアにおける“ジャンル越境”の出発点であり、同時に“感情の複雑さをダンスビートで語る”という、現代的な感性を先取りした重要な作品でもあります。恋愛に揺れる心と、それでも自分を失わない意思。その両方を持ち合わせたJorja Smithというアーティストの本質が、ここに凝縮されているのです。
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