One More Hour by Sleater-Kinney(1997)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「One More Hour」は、Sleater-Kinneyが1997年にリリースしたサードアルバム『Dig Me Out』に収録された楽曲であり、バンドのディスコグラフィにおいて最も感情的でパーソナルな作品のひとつとされています。別れの瞬間を描いたこの楽曲は、恋愛の終わりに対する切実な想いと、その余韻に残された複雑な感情を、極限まで削ぎ落とされた言葉とサウンドで表現しています。

歌詞の中心には、まさに別れの“その瞬間”に対する焦燥と諦念が描かれており、「あと1時間だけでも一緒にいたい」という願いが繰り返されます。その切実さと裏腹に、時折現れる冷静さや受け入れの言葉が、恋愛関係の終わりに特有の“未練と解放”という二面性を強く浮かび上がらせています。

単なるラブソングを超えて、「One More Hour」は、自分と相手の人生が分かれていく不可避の瞬間を、誠実かつリアルに描き切った稀有なバラードです。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲は、Sleater-Kinneyのメンバーであるコリン・タッカーとキャリー・ブラウンスタインの過去の関係が終わったことを反映した、極めて個人的な作品として知られています。彼女たちは90年代半ばに恋人関係にあり、その後もバンド活動を継続していく中で関係を解消しました。「One More Hour」は、その別れを直接題材にした楽曲であり、元恋人同士が同じ曲を演奏し、歌いながらも、すでに道を分かつという状況が重くのしかかっています。

この極端にパーソナルな内容が、ライブやレコーディングにおいてどれほど感情的な重荷であったかは想像に難くありませんが、それこそがこの曲の強烈なリアリティと説得力を生み出しているのです。

演奏面では、Sleater-Kinneyらしいツインギターと、当時新たに加わったジャネット・ワイスの堅牢なドラミングが、感情の浮き沈みを忠実に反映した構成を支えています。曲調は他のトラックに比べてややミディアムテンポで、じわじわと押し寄せるような切迫感が印象的です。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「One More Hour」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。

I know it’s hard for you
わかってる、君にとって辛いことだって

It’s hard for me too
私だって同じように苦しい

But you’ll never know
でも君にはわからない

How much I really loved you
どれだけ私が本当に君を愛していたかなんて

I had to leave, I had to leave
私は行かなきゃいけなかった、行くしかなかったの

I had to leave, I had to leave
何度も、そうするしかなかった

I left you
私は君を置いていった

I left you
そう、君を

One more hour
あと1時間だけ

Was all I needed
それだけでよかったのに

One more hour
あと少し、一緒にいられたら

And it’s not the end
まだ終わりじゃなかったかもしれないのに

歌詞全文はこちらで参照できます:
Genius Lyrics – One More Hour

4. 歌詞の考察

この曲の歌詞は、そのすべてが“未練”と“断絶”の交差点に立っています。語り手は相手の苦しみに共感しつつ、自らも深く傷ついていることを淡々と語り、感情を爆発させることなく、その痛みを静かに受け止めようとします。そこには感傷を超えたリアリズムがあり、だからこそ聴き手の心に鋭く突き刺さるのです。

「I had to leave(私は行かなきゃいけなかった)」というラインの反復は、感情ではなく現実の選択を迫られた苦しみを物語っています。それは愛が尽きたからではなく、愛があるからこそ、自分の人生のために別れを選ばざるを得なかったというジレンマ。まさにこの曲は、“愛しているのに離れるしかない”という矛盾を真っ向から描いています。

「One more hour(あと1時間)」という願いは、儚くも絶望的でありながら、同時に希望でもあります。その短い時間さえあれば、何かが変わったかもしれない。けれどそれはもう過ぎ去ってしまった──この切迫感と諦念が、曲全体を支配する静かな悲しみへとつながっていくのです。

この楽曲において特筆すべきは、感情を過度に飾ることなく、しかし決して無感情にもならないという、絶妙な距離感の中で語られる“終わりの美学”です。だからこそ「One More Hour」は、別れの歌として極めて普遍的でありながら、個人的で痛切なのです。

引用した歌詞の出典は以下の通りです:
© Genius Lyrics

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Maps by Yeah Yeah Yeahs
    愛とすれ違いの感情をミニマルなフレーズで表現した名曲。「One More Hour」の感情の余白と通じ合う。

  • Divorce Song by Liz Phair
    関係の崩壊とその直後の感情をリアルに描く。語りの視点とリアリズムが非常に近い。
  • Love Will Tear Us Apart by Joy Division
    愛によって壊れていく関係性を描く永遠のクラシック。冷静な語り口が「One More Hour」と共鳴する。

  • Give Out by Sharon Van Etten
    自己と他者との間で引き裂かれる感情を内省的に描いた曲。離別の複雑さを丁寧に掬い取る。

6. 別れの中に宿る、最も静かな怒りと愛

「One More Hour」は、恋愛ソングでも失恋ソングでもない──それは、愛が終わったあとに残される“沈黙”そのものを歌った作品です。そこにあるのは激情ではなく、静けさの中に満ちた強烈な感情。そして、愛していたからこそ、共に歩むことができなくなったという苦渋の選択。

この曲の最大の美しさは、“傷ついた者が、他者の痛みにも耳を傾けている”という姿勢にあります。語り手は自分の痛みだけでなく、相手がどれほど傷ついているかにも想像を向ける。その思いやりが、逆説的に別れの決定をより深く、重くしています。

Sleater-Kinneyというバンドの根源には、こうした“痛みの共感”があります。それはフェミニズムでも、ロックでも、ラブソングでもあるけれど、何より“人間としての誠実さ”に支えられている。
「One More Hour」は、その誠実さが結晶化したような一曲です。

別れは痛みを伴います。しかし、その痛みは決して無駄ではない。なぜなら、私たちはその痛みを通じて、誰かを本当に愛していたことを思い出せるからです。
そしてその記憶は、きっとまた、どこかで私たちを救ってくれるはずなのです。

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