1. 歌詞の概要
「Number One Fan」は、アメリカ・ロサンゼルスを拠点とするインディポップ・トリオ、MUNA(ミューナ)が2019年にリリースした楽曲で、彼女たちのセカンド・アルバム『Saves the World』のオープニングトラックでもある。本作は一見、ポップでキュートな自己肯定ソングのように聴こえるが、その背後には深い葛藤と“自分自身との関係性”に対する誠実な探究が隠されている。
「I’m your number one fan(私はあなたのいちばんのファン)」というフレーズは、他人に向けられたものではなく、自分自身に向けて語られている。つまりこの曲は、自己否定やセルフ・ローディング(自己嫌悪)を経験してきた語り手が、あらためて“自分を愛する”ための儀式として歌う、ユニークなセルフラブ・アンセムなのだ。
その語り口は皮肉混じりで軽やかでありながら、根底には「こんなふうにでもしないと、自分を受け入れられない」という切実な感情が流れている。アップビートなシンセポップのサウンドに乗せて、彼女たちは“愛すべき自分”と“そうは思えない自分”のあいだを踊るようにして往復してみせる。
2. 歌詞のバックグラウンド
MUNAは、LGBTQ+コミュニティにルーツを持つメンバー3人——Katie Gavin(Vo)、Josette Maskin(Gt)、Naomi McPherson(Gt, Syn)——によって構成されるバンドで、彼女たちの楽曲は常に「自己認識」「精神的サバイバル」「クィアな愛と痛み」をテーマにしてきた。
「Number One Fan」はその文脈の中でも特にパーソナルな楽曲であり、バンドとして非常に難しい時期を乗り越えたあと、自分自身に優しくすることの重要性に気づいた彼女たちの“リスタート”の象徴とも言える。
Katie Gavinはこの曲について、「自己嫌悪と仲良くする方法を探す中で書かれた曲」と語っており、それゆえに“前向きなポップソング”でありながら、どこかナイフのような鋭さも感じさせる。軽やかで中毒性のあるフックの裏には、何重にも層をなす自己との対話が詰まっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
So I heard the bad news
Nobody likes me and I’m gonna die alone in my bedroom
Looking at strangers on my telephone
悪いニュースを聞いたの
誰にも好かれてなくて
寝室でひとり寂しく死んでいくんだって
スマホの画面で知らない人を見ながら
I don’t like myself
I’m obsessed with myself
I guess that’s the problem
自分が嫌い
でも自分に夢中でもある
たぶん、それが問題なんだよね
I’m your number one fan
And I’ll always love you
That’s not going to change
私はあなたの一番のファン
いつだってあなたを愛してる
それは、変わらないから
So you can do whatever
I’ll still be here forever
Cheering you on
だから、あなたが何をしても
私はここにいるよ、ずっと
応援してるから
歌詞引用元:Genius – MUNA “Number One Fan”
4. 歌詞の考察
この楽曲の最大の魅力は、「自分を愛そう」というテーマを、安易なポジティブさではなく、自己否定と不安定な心の動きをそのまま抱きしめることで描いている点にある。冒頭の「誰にも好かれてない」「ひとりで死ぬ」といった極端な妄想から始まる歌詞は、内面にある自己嫌悪の声をあえて“戯画化”し、その荒唐無稽さのなかにリアリティを滲ませている。
さらに、「自分を好きになれない自分」と「それでも応援してくれる自分」が、まるで別人格のように対話を繰り広げる構造がユニークであり、それは“内なるサポーター”としての自己像を構築するプロセスでもある。つまりこの曲は、自分を“外側から見てあげること”で初めて見えてくる愛しさを、音楽という形で実践しているのだ。
また、「I don’t like myself / I’m obsessed with myself」というフレーズは、現代の自己像をめぐる大きな矛盾——自己嫌悪と自己陶酔が共存するSNS時代の自我——を鋭く突いている。MUNAは、そのねじれた感情を真正面から受け入れ、「それでも私は私を応援する」と歌うことで、従来の“自己肯定感”とはまったく異なる視点からのエンパワーメントを提示している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Good as Hell by Lizzo
自己愛とセルフケアのパワーを陽気に高らかに歌う、現代のポップアンセム。 - Green Light by Lorde
心のカオスと解放を、テンポの変化とともに描くエモーショナルなダンスソング。 - Supalonely by BENEE ft. Gus Dapperton
自己嫌悪をポップに昇華し、孤独を踊りの中に変えてしまうトリッキーなナンバー。 -
Don’t Delete the Kisses by Wolf Alice
愛と不安、妄想と現実の交錯する心象風景を詩的に描いたドリームポップの名作。 -
You’re in Love by Betty Who
他者ではなく自分に向けて“愛される感覚”を届ける、繊細で包容力あるラブソング。
6. “自分の一番のファンになる”という新しいレジリエンス
「Number One Fan」は、MUNAが見せた“戦う自己愛”のうたであり、現代における最も現実的な「セルフラブ」の形を提示した楽曲である。完璧に自分を愛せなくてもいい、むしろそういう日々のなかで「それでも応援するよ」と言える自分を育てていくこと——それがこの曲のメッセージなのだ。
キラキラとしたシンセサウンドに、皮肉まじりのリリック。憂鬱とポジティブの間を跳ねるようなテンポ感。この曲が持つ魅力は、感情の両極を否定せず、むしろその“振れ幅”ごと愛そうとする態度にある。MUNAはここで、自己肯定とは「感情を修正すること」ではなく、「ありのままの不安定さを味方にすること」だと教えてくれる。
「Number One Fan」は、誰かに褒められるためでも、完璧になるためでもなく、“今日の自分をちょっとだけ見守るため”にある音楽だ。落ち込んでいる日も、自信がない朝も、この曲は耳元でこう囁いてくれる——「それでも私は、あなたのいちばんのファンだよ」と。
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