1. 歌詞の概要
「Now I’m In It」は、アメリカの3姉妹バンドHAIMが2019年にリリースしたシングルであり、翌年発表された3rdアルバム『Women in Music Pt. III』にも収録された楽曲である。この曲は、精神的な苦しみやうつ状態を経験している最中の感情を率直に描いた作品で、HAIMのキャリアの中でも特にパーソナルで深いテーマを持つ楽曲となっている。
歌詞では、主人公が「抜け出せない暗闇」の中にいることを自覚しながらも、その状態から逃れられずにいる様子が描かれている。タイトルの「Now I’m In It（今まさにその中にいる）」というフレーズが示すように、この曲は過去の経験を振り返るのではなく、「今この瞬間に自分が苦しんでいる」というリアルな感情を歌っている点が特徴的だ。
サウンドは、エネルギッシュなビートとシンセポップの要素が融合したもので、一見するとダンサブルな雰囲気を持ちながらも、その歌詞の内容とは対照的なトーンを持っている。まるで混乱や不安を振り払おうとするかのような激しいリズムと、エモーショナルな歌詞が相まって、独特の緊張感を生み出している。
2. 歌詞のバックグラウンド
HAIMのメンバーは、これまでも自身のメンタルヘルスについてオープンに語ってきたが、この楽曲は特に**エスティ・ハイム（Este Haim）**の経験が強く反映されている。エスティは、バンドとしての活動や個人的なストレスにより、うつ状態に陥った経験があると公言しており、「Now I’m In It」はその心境を率直に表現した楽曲だと言える。
バンドの中心メンバーである**ダニエル・ハイム（Danielle Haim）**は、この曲について次のように語っている。
「この曲は、精神的な低迷期についてのもの。私たちはみんな、それを経験することがある。でも、そこから抜け出すには時間がかかるし、簡単ではないこともあるの。」
プロデューサーには、HAIMの楽曲を多く手がける**アリエル・レヒトシェイド（Ariel Rechtshaid）と、ヴァンパイア・ウィークエンドのメンバーでもあるロスタム・バトマングリ（Rostam Batmanglij）**が参加。彼らのプロデュースによって、80年代のシンセポップとモダンなR&Bの要素が融合した独特なサウンドが作り上げられている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Now I’m In It」の印象的な歌詞の一部を紹介する。
原文:
Look in the mirror again and again
Wish I could get out of my own head
和訳:
何度も何度も鏡を覗き込む
自分の頭の中から抜け出せたらいいのに
この部分では、自分自身と向き合うことの苦しさが表現されている。うつ状態の時には、自分の考えに囚われ、そこから抜け出せなくなる感覚を抱くことがあるが、それをシンプルな言葉で的確に表している。
原文:
I’m always running from it
But I’m the one that’s running in place
和訳:
いつもそれから逃げようとしてるけど
実際には同じ場所で足踏みしてるだけ
このフレーズでは、精神的な苦しみから逃れたいと思いながらも、結局は前に進めず、同じところに留まってしまうという葛藤が描かれている。この「進みたいのに進めない」という感情は、うつや不安を経験したことがある人なら共感できる部分ではないだろうか。
原文:
Now I’m in it
And I’ve been trying to find my way back for a minute
和訳:
今まさにその中にいる
ずっと元に戻ろうとしてるのに
タイトルにもなっている「Now I’m In It（今まさにその中にいる）」というフレーズが何度も繰り返されることで、この苦しみが現在進行形で続いていることが強調されている。
4. 歌詞の考察
「Now I’m In It」は、精神的な低迷の最中にいることのリアルな感情を描いた楽曲である。一般的に、うつや精神的な落ち込みについての楽曲は「それを乗り越えた後の視点」から語られることが多い。しかし、この曲では、「今まさにその状態の中にいる」という視点で描かれているのが特徴的だ。
また、歌詞の内容は非常にシリアスであるにもかかわらず、楽曲のビートはアップテンポで軽快なものになっている。この**「ポジティブなサウンドとネガティブな歌詞のギャップ」**が、まさに精神的な混乱を象徴しているように感じられる。
HAIMの楽曲は、しばしば感情の二面性を表現することがあるが、「Now I’m In It」では特にそれが顕著だ。「表面上は元気に見えるけれど、実は内心では苦しんでいる」という現代人特有の葛藤を、サウンドと歌詞の対比によって見事に表現している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
「Now I’m In It」が好きな人には、以下の楽曲もおすすめしたい。
- “The Steps” by HAIM
- 同じアルバム『Women in Music Pt. III』に収録された楽曲。力強いギターとエネルギッシュなビートが特徴で、感情の混乱をテーマにした点で共通している。
- “Green Light” by Lorde
- 失恋の痛みをアップテンポなサウンドで表現した楽曲。「Now I’m In It」と同じく、ネガティブな感情をダンサブルなビートに乗せている点が似ている。
- “Motion Sickness” by Phoebe Bridgers
- 感情の混乱や過去のトラウマを繊細に歌った楽曲。HAIMと親交の深いPhoebe Bridgersの楽曲は、感情の奥深さを捉えている点で共通する。
6. 「Now I’m In It」のMVとその魅力
「Now I’m In It」の**ミュージックビデオ（MV）**は、精神的な混乱や無気力感を象徴的に描いた作品となっている。映像の中で、ダニエル・ハイムはクリーニング店で働きながら、感情的に打ちひしがれた様子を見せている。やがて、彼女は担架で運ばれ、まるで治療を受けるかのような場面へと進む。この演出は、うつ状態のときに「自分が自分でないような感覚」に陥ることを表現していると言えるだろう。
この曲は、精神的な苦しみをリアルに描きながらも、希望を失わないメッセージが込められた一曲。感情の浮き沈みを経験したことがある人なら、きっと共感できる楽曲のはずだ。
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