
発売日: 2021年(アーカイブ音源集としてリリース)
ジャンル: シンセポップ、エレクトロニック、ニューウェイヴ(未発表音源/レアトラック集)
概要
『Not For Public Broadcast』は、Heaven 17が2021年に発表したアーカイブ作品であり、1980年代前半の未発表音源、Bサイド、ラジオ音源などを集めた“裏Heaven 17史”とも言うべき重要なコンピレーションである。
タイトルの「Not For Public Broadcast(放送用ではない)」が象徴するように、本作は公式リリースの陰に埋もれてきた音源の発掘と再評価を目的とし、バンドの初期衝動と制作過程の“生の痕跡”を伝える貴重な記録である。
内容は主に『Penthouse and Pavement』(1981)および『The Luxury Gap』(1983)期のデモ、リハーサル、ラフミックスなどで構成されており、Heaven 17の音楽的核心――すなわちポリティカルな意識とポップ構築美の葛藤が、より生々しく露呈している。
当時の先進的なシンセ・プログラミングやヴォーカルの試行錯誤は、完成版とは異なる“過渡期”の魅力を放っており、バンドのファンのみならず80年代ポップ文化に興味を持つリスナーにとっても極めて興味深い資料的価値を持っている。
内容と見どころ
デモ音源と未発表トラック
アルバムには、「(We Don’t Need This) Fascist Groove Thang」や「Let Me Go」といった代表曲の初期バージョンが収録されており、完成前のラフなビート、シンセ配置の試行錯誤、ヴォーカルアプローチの違いが明瞭に聴き取れる。
特に「Fascist Groove Thang」のバージョン違いは、社会批判性とグルーヴのどちらに比重を置くかの葛藤が浮かび上がる点で非常に興味深い。
ラジオセッションおよびリハーサル音源
BBC RadioやPeel Sessionsを想起させるような荒削りなパフォーマンスも含まれており、当時のHeaven 17がライブ演奏にどのように対応していたかという貴重な記録でもある。
機材的制約を逆手に取ったアレンジや、観客を前にした緊張感のあるヴォーカルが、スタジオ盤とは異なる質感を生んでいる。
Bサイドおよびレアトラック
通常盤には含まれなかった楽曲群(例:「Honeymoon in New York」など)は、Heaven 17の“ポップソング職人”としての実験性がうかがえる佳曲ばかり。
リリックには軽妙なユーモアや社会風刺が込められており、まさに「Not For Public Broadcast(公共的には出せないが、本質的には鋭い)」という皮肉が効いている。
総評
『Not For Public Broadcast』は、Heaven 17というバンドの“編集された表情の裏にある素顔”を垣間見ることのできる、アーカイブ音源集の傑作である。
彼らのスタジオ・アルバムが完成された美と構造性の結晶であるとするならば、本作はその舞台裏、葛藤と創造の“途中経過”そのものである。
粗削りではあるが、むしろそこに宿るのは時代の息遣いと、DIY的創造性のリアルな緊張感であり、Heaven 17のような思想的エレポップの真価は、こうした“未完成な断片”にこそ宿る。
“放送不可”とは名ばかりで、むしろ今だからこそ“再放送すべき音楽の遺産”とも言えるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
-
The Human League / The Golden Hour of the Future (2002)
Heaven 17の前身時代を含む初期音源集。ポストパンクからシンセポップへの進化の瞬間が記録されている。 -
Cabaret Voltaire / Methodology ’74/’78 (Attic Tapes)
産業音楽とポップの狭間で揺れる未発表音源群。シェフィールド音響の原点。 -
New Order / The Lost Sirens (2013)
完成されなかったまま時代に取り残された楽曲たちの“もうひとつの顔”。 -
OMD / Navigation: The OMD B-Sides (2001)
ニューウェイヴの知性派による裏面の魅力が詰まったコンピレーション。 -
Japan / Exorcising Ghosts (1984)
未発表や編集バージョンを含む、もうひとつのJapan史。
コメント