1. 歌詞の概要
「No New Tale to Tell(ノー・ニュー・テイル・トゥ・テル)」は、Love and Rocketsが1987年に発表した3rdアルバム『Earth, Sun, Moon』に収録された代表的なシングル曲であり、アメリカのモダン・ロック・チャートで好成績を収めた、彼らにとって重要なマイルストーンのひとつである。
この楽曲の核心にあるのは、タイトルにもある「語るべき新しい物語などない」という一見虚無的とも言えるフレーズである。しかしその響きは、諦念というよりむしろ永続的な真理の再確認のように響く。人間の営み、愛、信仰、苦悩といったものは、いつの時代にも繰り返されてきた。だからこそ、“物語”が変わらないこと自体に意味がある——そんな皮肉でいて深い視点が、この曲の中心にある。
同時にこれは、自己や他者への幻想を振り払い、現実の手触りを受け入れるための歌でもある。「神がいなければ自分が神になれ」「あなたが話すべき新しい物語は、すでに語られたものの繰り返しにすぎない」——こうしたメッセージは、80年代後半の“終末的アイロニー”と個人主義の空気感とも共鳴する。
2. 歌詞のバックグラウンド
Love and Rocketsは、Bauhausの解散後に結成されたバンドであり、David J、Daniel Ash、Kevin Haskinsというゴシック・ロックの遺伝子を持ちながら、よりメロディアスでサイケデリックな方向へと舵を切ったユニットである。
1987年の『Earth, Sun, Moon』は、彼らの中でも特にアコースティックな響きと内省的なトーンが支配的な作品であり、「No New Tale to Tell」はその中で最もキャッチーでアクセスしやすい楽曲である一方、哲学的な重みをはらんだリリックが印象的な一曲である。
当時のアメリカではオルタナティブ・ロックの基盤が形成されつつあり、MTVやカレッジ・ラジオの存在がバンドの人気を広げるのに大きく貢献した。この楽曲の成功は、Love and Rocketsがニッチなポストパンクの枠を超えて、より大衆的な支持を得るきっかけにもなった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
You cannot go against nature
自然に逆らうことはできない
Because when you do / Go against nature
なぜならそれは——そう、自然に逆らっているということだから
It’s part of nature too
それすらもまた自然の一部なんだ
Our little lives get complicated
僕らの小さな人生はどんどん複雑になっていく
It’s a simple thing / Simple as a flower
けれど、それは本当はシンプルなこと——一輪の花のように
And that’s a complicated thing
でも花だって、複雑でしょ?
この冒頭のパートだけでも、すでに曲全体が持つ逆説と洞察が凝縮されている。人は自然から逸脱して生きているようでいて、その逸脱さえも「自然」なのだという転倒。そして、“シンプルであること”と“複雑であること”が同時に成立するという、美的で哲学的な言い回し。
この曲は、矛盾そのものを肯定する。その視線は、神への問い、人間の生き方、言葉の無力さ、すべてに及ぶ。
4. 歌詞の考察
「No New Tale to Tell」は、表面上はカラフルなサイケポップの装いをまといながら、その本質は極めてアイロニカルで自己言及的な“反・物語”の歌である。
何かを「語らなければならない」と思い込む現代人に対して、「いや、語るべき新しいことなんてないんだ」と突き放す。その言葉は冷たく聞こえるかもしれないが、実のところそれは救済にも近い。
物語が常に新しくなければいけないという強迫、唯一無二でなければいけないというプレッシャー、人生はドラマでなければという錯覚——そうした現代的な思い込みを、この曲は優しく、しかし確実に否定していく。
「もし神がいないなら、自分が神になればいい」と歌うフレーズは、どこかニーチェ的でありながら、それを宗教的メッセージではなく、ポップのリフレインとして語る点にLove and Rocketsのユニークさがある。
この楽曲に込められた問いは、「人生を特別にしようとすることは、本当に必要か?」ということだ。そしてその問いは、無意味ではないが、すでに誰もが何度も問うたもの。だからこそ「No New Tale to Tell」——それでも、人はまた語ってしまう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- This Corrosion by The Sisters of Mercy
神と人間、権威と皮肉が交錯する、ゴシック・ロックの金字塔。 - Killing Moon by Echo & the Bunnymen
宿命と死をロマンティックに昇華した、80年代最大の詩的ロック。 - Under the Milky Way by The Church
宇宙的視座で人間の感情を見つめた、美しく憂いのある名曲。 - Life in a Northern Town by The Dream Academy
時間と記憶の断片をモンタージュのように繋いだ幻想的ポップソング。 - Heaven by Talking Heads
「天国とは何か?」という問いを、無表情で提示するアートポップ。
6. “物語の終わり”にある、新たな肯定
「No New Tale to Tell」は、Love and Rocketsの楽曲の中でも最も哲学的で、最も普遍的な作品である。タイトルが示す通り、新しいことなど何もない——しかしその認識こそが、新しい生き方の入口になる。
語られ尽くした物語、繰り返される愛と苦悩、同じような始まりと終わり。それでも、そこに込められる感情は、その瞬間だけのものであり、何も変わらないということが、実は変わり続けているということなのだ。
Love and Rocketsはこの曲で、「真実はいつも足元にある」という感覚を、サイケデリックなポップ・ミュージックの中に封じ込めた。そして、それが「新しい物語ではない」からこそ、私たちには今も強く響くのである。
だからこそ、この曲は何度聴いても、新しく聴こえる。
そして私たちはまた、“語られ尽くされた物語”に、耳を傾けるのだ。
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