
1. 歌詞の概要
A Place to Bury Strangers(以下APTBS)の「Never Coming Back」は、2018年にリリースされたアルバム『Pinned』のオープニングを飾る楽曲であり、バンドの新たなフェーズを象徴する作品のひとつです。
この楽曲のタイトル「Never Coming Back(もう二度と戻らない)」が示すように、歌詞のテーマは喪失、決別、そして後戻りできない道を進むことにあると考えられます。これまでのAPTBSの作品同様、リリックはミニマルでありながら、繰り返されるフレーズが聴き手に強い印象を与え、まるでマントラのように反復されることで楽曲の持つダークなエネルギーを増幅させています。
「Never Coming Back」は、単に誰かとの関係の終焉を歌ったものとも取れますが、それ以上に生と死、存在の消失というより普遍的なテーマを内包しているように感じられます。まるでこの世界からフェードアウトしていくかのような感覚を与えるその歌詞とサウンドは、APTBSの持つ独特の美学を見事に体現しています。
2. 歌詞のバックグラウンド
APTBSは、2003年にニューヨークで結成され、ポストパンク、シューゲイズ、ノイズロックを融合させた轟音サウンドで知られるバンドです。**「世界で最も音量の大きいバンド」**の異名を持ち、ギターエフェクトメーカー「Death By Audio」を運営するオリヴァー・アッカーマンのエフェクト技術を駆使したノイズの洪水が特徴的です。
2018年のアルバム『Pinned』では、新たにドラマーとしてリアナ・ブラシェが加入し、APTBSのサウンドに新しいグルーヴが加わりました。「Never Coming Back」はそのアルバムの幕開けを飾る楽曲であり、APTBSの音楽が進化しつつも、なお圧倒的な轟音と暗黒美学を保持していることを証明する曲となっています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
※ 歌詞の権利を尊重し、一部のみ引用しています。全文は こちら でご覧ください。
歌詞抜粋(英語):
Never, never, never coming back
和訳:
もう、二度と、二度と戻らない
このフレーズが曲中で繰り返されることで、後戻りできない運命や、何かを失ったことの不可逆性を強調しています。この言葉は、単なる個人的な関係の終焉だけでなく、死や消滅、そしてかつての自分自身との決別といった、より大きなテーマを内包しているように感じられます。
4. 歌詞の考察
「Never Coming Back」は、APTBSが得意とする抽象的かつ強烈なイメージの歌詞が特徴的な楽曲です。タイトルの通り、「もう戻ることはない」という強い断絶の意志が表現されていますが、それが何に対する決別なのかは明確には語られません。
しかし、楽曲の持つ雰囲気やノイズの洪水から感じ取れるのは、個人的な別れや喪失を超えた、もっと深遠な存在の消滅のような感覚です。この曲が描くのは、単に誰かとの関係が終わることではなく、もっと根本的な「戻る場所が消え去ってしまう」ことへの恐怖や、人生の不可逆性への洞察なのかもしれません。
また、APTBSの楽曲の特徴として、歌詞が最小限に抑えられていることが挙げられますが、これは楽曲の持つサウンドそのものが歌詞の役割を果たしているとも言えます。「Never Coming Back」の場合、重く沈み込むようなリフと、フィードバックノイズが生み出す混沌が、まるで無限に続く闇の中へと引きずり込まれていくような感覚を生み出しています。
この曲を聴いていると、自分自身が音の中に溶けていき、次第に現実感を失っていくような感覚に陥ります。これはまさにAPTBSの音楽の持つ最大の特徴であり、「Never Coming Back」はその力を最大限に引き出した楽曲のひとつと言えるでしょう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Come to Daddy” by Aphex Twin
電子的なノイズとダークな雰囲気が融合し、破壊的なエネルギーを持つ楽曲。 - “Dead Souls” by Joy Division
ポストパンクの冷徹な音像と不吉な歌詞が、APTBSの世界観と共鳴する。 - “Only Shallow” by My Bloody Valentine
轟音シューゲイズの代表曲であり、APTBSのノイズの美学と共通する部分が多い。 - “Requiem” by Killing Joke
ダークなポストパンクの名曲で、「Never Coming Back」の冷たい感覚に通じる。
6. 「Never Coming Back」のライブでの魅力
APTBSのライブは、ただのコンサートではなく、聴覚と視覚の限界を試される体験とも言えるほどの圧倒的なノイズとエネルギーで知られています。
「Never Coming Back」は、その轟音と反復するリズムの効果で、ライブではさらにカオティックな展開を見せます。特に、クライマックスではオリヴァー・アッカーマンがギターをフィードバックさせながら、ステージ上で機材を破壊するといったパフォーマンスが見られることもあり、観客はまるでノイズの津波に飲み込まれるかのような体験を味わうことになります。
また、この曲はライブで演奏される際に、さらに長尺に引き伸ばされることが多く、終盤にはギターとエフェクターが暴走し、制御不能な音の渦が会場全体を支配します。この狂気じみたフィナーレこそが、APTBSのライブが持つ最大の魅力であり、音楽そのものが持つ陶酔感と破壊性を極限まで体験できる瞬間です。
まとめ
「Never Coming Back」は、APTBSの持つ轟音とカタルシスの美学を象徴する楽曲であり、喪失と決別の絶対性をテーマにした一曲です。反復される歌詞とフィードバックノイズが、聴き手を音の中に沈み込ませ、まるで現実そのものが崩壊していくかのような感覚を与えます。
ライブでの圧倒的なノイズ体験も含め、APTBSの持つ世界観を知る上で欠かせない一曲と言えるでしょう。もし、このバンドの真髄を体験したいなら、「Never Coming Back」は最適な入り口になるはずです。
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