発売日: 1991年6月17日
ジャンル: オルタナティブロック、フォークロック、ブリットポップ前夜
概要
『Never Loved Elvis』は、イギリスのインディーロック・バンド、The Wonder Stuffが1991年に発表した3枚目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおける最大の商業的成功と音楽的完成を同時に達成した代表作である。
アルバムタイトルの「エルヴィスなんて好きじゃなかった(Never Loved Elvis)」には、ロックの王様とされる存在への反抗心、あるいは“ロック神話”そのものへの皮肉が込められており、The Wonder Stuffらしいアイロニーとユーモアが炸裂する。
フォークやアイリッシュ・トラッドの要素を大胆に取り入れつつ、彼ら特有の疾走感あるインディーロックがさらに洗練され、より“メジャー感”を帯びた作品へと進化している。
本作はUKチャートで2位を記録し、特にシングル「The Size of a Cow」や「Caught in My Shadow」がヒット。
90年代UKギターロックの前哨戦ともいえる“プリ・ブリットポップ”の潮流において、確かな足跡を残した。
全曲レビュー
1. Mission Drive
豪快でドラマティックなギター・リフとヴァイオリンが絡む、オープニングにふさわしいロックナンバー。
“衝動”を駆動させるミッションという主題が、全体のエネルギーを方向づける。
2. Play
軽快なリズムとウィットに富んだリリックが楽しいアップテンポ・チューン。
“遊び”をテーマにしながらも、現実逃避や自己欺瞞といった裏の意味も込められている。
3. False Start
その名の通り“間違ったスタート”を描いた、皮肉と自己嫌悪が漂うナンバー。
バンド初期のパンク的衝動が、よりメロディックな構成で昇華されている。
4. Welcome to the Cheap Seats
インディーフォークの要素が色濃く反映された名曲。
“安い席へようこそ”というタイトルは、階級意識や社会的アイロニーの含意がある。
Fairground AttractionのEddi Readerとのデュエットも見事で、バンドの最も親しみやすい一面を表している。
5. The Size of a Cow
アルバム最大のヒット曲にして、The Wonder Stuffを象徴する代表作。
奇妙でキャッチーなタイトルとメロディに反して、歌詞は深い自己分析と苦悩を描いている。
「Don’t you think it’s funny that nothing’s what it seems when you’re not looking forward?」というラインが秀逸。
6. Sleep Alone
ややメランコリックなフォーク・バラード。
孤独と自己肯定を静かに対峙させる構成が印象的で、アルバムの緩急において重要な役割を担う。
7. Donation
ビートの強いグルーヴと跳ねるようなベースラインが心地よい一曲。
“寄付”というテーマを比喩的に用いながら、人間関係の搾取性を軽妙に描く。
8. Inertia
ダウナーなムードと粘着質なメロディが特徴の中盤トラック。
“慣性”というテーマが示すように、動けない精神状態や惰性の恐ろしさを音で表現している。
9. Maybe
疑念や逡巡をそのまま楽曲に落とし込んだ、控えめながら心に残る佳曲。
「たぶん」という言葉の不確かさが、希望と不安の間にある感情を呼び起こす。
10. Caught in My Shadow
2枚目のヒットシングルで、軽やかなメロディと複雑な内面を織り交ぜた名曲。
影に囚われているという比喩は、自己像と他者評価のズレを鋭く描写する。
リフレインが強く耳に残るポップ・クラシック。
11. Groove Machine
タイトルにもなった“グルーヴ・マシン”が再登場するような、ダンサブルなロックナンバー。
シンプルな構成の中にバンドのライブ性が強く現れている。
12. Let’s Be Other People (Reprise)
『Hup』収録曲のリプライズ的アレンジ。
テーマの再提示を行いつつ、過去作との連続性を感じさせる構成。

総評
『Never Loved Elvis』は、The Wonder Stuffがインディーからメジャーへと躍進しながらも、決してその精神を手放さなかった稀有なロックアルバムである。
フォーク、アイリッシュトラッド、ブラス、ストリングスを自在に取り入れながらも、楽曲の骨格はあくまでシンプルなギターポップ。
この“豊かさと即効性”のバランス感覚が、1990年代初頭のUKロックの潮流を一歩リードしていたことは間違いない。
Miles Huntのリリックはより成熟し、恋愛、アイデンティティ、社会的アイロニーといったテーマを、多面的に、かつ軽やかに描いている。
その語り口は依然としてユーモアに満ちているが、そこには自己と世界を諦めず見つめる意志が宿っている。
本作は、皮肉屋たちの祝祭である。
それは感情を揶揄しながらも、どこかで信じようとする、その複雑な姿勢がアルバム全体を貫いている。
おすすめアルバム
- The Beautiful South / Welcome to the Beautiful South
ウィットとポップの融合という観点で強い共通点を持つ。 - Del Amitri / Waking Hours
親しみやすいメロディに社会的な視点を乗せた佳作。 - Aztec Camera / Stray
洗練されたアレンジと知的なポップソングという点で共鳴。 - The Waterboys / Room to Roam
フォークとロックの自然な統合。『Welcome to the Cheap Seats』に通じる美意識。 - The Lightning Seeds / Sense
1990年代初期のブリットポップ萌芽期を代表する、軽やかで奥深いサウンド。
歌詞の深読みと文化的背景
『Never Loved Elvis』の歌詞は、1990年代初頭のイギリス社会の“個人化”と“軽やかな絶望”を映し出している。
「The Size of a Cow」では、人生における不条理や混乱がポップな装いで語られ、「Caught in My Shadow」では、成功と孤独という二律背反の命題が繊細に扱われている。
「Welcome to the Cheap Seats」は階級社会の皮肉であり、「Never Loved Elvis」はロックの聖人化への異議申し立てでもある。
Miles Huntは、教訓や道徳を押しつけることなく、聴き手に“世界との付き合い方”を問いかける。
その問いの根底には、笑いと反抗、そして時に寂しさすら含んだ“人間らしさ”が滲んでいるのである。
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