1. 歌詞の概要
「Needles in My Eyes」は、The Beta Bandが1998年にリリースしたコンピレーション・アルバム『The Three EPs』に収録された楽曲であり、実際には彼らの初期EP『Los Amigos del Beta Bandidos』のラストトラックとして登場した。荘厳で美しく、どこか宗教的な敬虔さすら感じさせるこの楽曲は、バンドの初期作品群の中でもひときわ深く、感情に訴えかける特別な存在感を放っている。
タイトルの「Needles in My Eyes(目に針)」は一見してショッキングな表現だが、その実、これは比喩であり、極限の痛みや葛藤、もしくは感情の噴出による“心の疼き”を象徴していると考えられる。歌詞全体には、孤独、希望、苦悩、そして再生への欲求が入り混じっており、The Beta Band特有の曖昧さと詩的想像力が豊かに展開されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Beta Bandはデビュー当初から、音楽ジャンルの境界を曖昧にし、ポスト・ブリットポップ以降の音楽的“脱構築”を行う先鋭的なバンドとして注目されていた。「Needles in My Eyes」が収録された『The Three EPs』は、3枚のEP(『Champion Versions』『The Patty Patty Sound』『Los Amigos del Beta Bandidos』)をまとめた作品で、彼らの創造的な出発点を記録した重要な一作である。
その中でも「Needles in My Eyes」は、コンピレーションの締めくくりを飾るラスト・トラックとしての役割を担っており、ある種の“祈り”や“帰結”としての機能を持っている。スティーヴ・メイソンのヴォーカルは極めてパーソナルで、しかもどこか距離を置いたような響きを持ち、聴く者に感情を押しつけることなく、静かに内面へと語りかけてくる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
And if I never see you again
たとえもう二度と君に会えなくてもI’ll sleep with your ghost in my bed
僕は君の幻とともに、ベッドで眠るよI’ll feed all the dogs with my bread
パンをちぎって、犬たちに与えるんだAnd if I never see you again
それでも、君に会えなくても
この一節は、失った愛や別れ、もしくは遠くなった誰かに向けた静かな追憶と諦念を歌っている。亡霊のように残る記憶、日常に潜む喪失感、そしてそれでも続いていく生活。それらが淡々と綴られる中に、強烈な情感がひそんでいる。
※歌詞引用元:Genius – Needles in My Eyes Lyrics
4. 歌詞の考察
「Needles in My Eyes」というタイトルは、文字通りには到底耐えられない痛みを想像させる。しかし歌詞において、その“痛み”は直接的に語られることはない。むしろその裏にある“喪失”や“愛の余韻”が繊細に描かれており、痛みを隠すことこそが真の痛みであることを示唆しているかのようだ。
この楽曲に通底するのは、“残響”である。すでに過ぎ去ったものに対する愛惜、それを失ってなお続いていく日常、そして空っぽになった自分を抱えて生きていくこと――それらは明るくもなく、暗すぎるわけでもなく、ただ「在る」というリアリティを持って響いてくる。
ヴォーカルとトラックの絶妙な距離感もまた重要で、語りかけるようでいて、どこか遠くにいるような存在として響く声は、まるで自分自身の記憶が歌っているかのような錯覚を呼ぶ。The Beta Bandは、明確な情景描写やストーリーテリングを避けることで、リスナーひとりひとりの記憶や感情を“空白”に映し出すような空間を提供しているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Motion Picture Soundtrack by Radiohead
人生と死、夢と現実の境界を漂うような幽玄のエピローグ。 - In the Aeroplane Over the Sea by Neutral Milk Hotel
喪失と再生、愛の幻影が入り混じるフォーク・サイケの金字塔。 - Pink Moon by Nick Drake
静かな旋律と孤独のなかにある救済の可能性を描いた名曲。 - Lua by Bright Eyes
アルコールと孤独のなかで揺れる心の風景。 -
Jesus, etc. by Wilco
都市の中の孤独と癒しを、乾いたコードとともに描く傑作バラード。
6. 静かなる終幕、もしくは始まりの予感
「Needles in My Eyes」は、The Beta Bandの楽曲群の中でも最も“終わり”の気配を強く纏った楽曲である。それは物語の終焉であり、感情の終着点であり、同時に新たな静けさの始まりでもある。
彼らが持つ奇抜さや実験性とは一線を画し、むしろ極限まで削ぎ落とされた構成で届けられるこの楽曲は、“引き算の美学”の極みとも言える。何も強調しないからこそ、すべてがそこにある。声、旋律、余白、そしてその向こうにいる自分自身。
痛みはいつか消えるかもしれない。だが、その痛みとともに過ごした時間は、音楽となっていつまでも残る。The Beta Bandは、「Needles in My Eyes」を通じて、そうした記憶のかたちを、静かに、しかし永遠に音に変えたのだ。音が止んでも、残響はずっと胸にある。それがこの曲の、本当の“強さ”なのである。
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