1. 歌詞の概要
「My Girl(マイ・ガール)」は、Madnessが1979年にリリースしたデビュー・アルバム『One Step Beyond…』に収録され、同年12月にシングルとして発表されたラブソングである。UKチャートでは最高位3位を記録し、バンドの初期の代表曲として長く愛され続けている作品である。
この楽曲のテーマは、日常的で些細なカップルのすれ違いである。主人公の“僕”は恋人との間にわだかまりを抱えているが、それは大げさなトラブルではなく、会話のズレや気分のすれ違い、沈黙の重たさといった、どんな恋愛にも潜むリアルで共感度の高い問題だ。特に印象的なのは、彼女が感情を話してくれないことへの戸惑いや、沈黙の時間を「テレビに逃げる」しかないという心理的逃避の描写であり、それが極めてイギリス的でありながら普遍的な愛の形を浮き彫りにしている。
この「My Girl」は、甘くロマンチックな愛の賛歌ではなく、むしろ不器用な愛情の現実を描いた等身大のラブソングであり、Madnessの叙情性と社会的な視線の交差点に立つ名曲なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「My Girl」は、MadnessのキーボーディストであるMike Barson(マイク・バーソン)によって書かれた曲で、彼の恋人との実体験が元になっていると言われている。バンドはもともとプリンス・バスターの影響を受けたスカ/レゲエ色の強い楽曲を得意としていたが、本作ではよりメロディックでポップ、そして内省的なサウンドと歌詞構成に踏み出している。
この曲が象徴しているのは、パンク以後のイギリスの若者たちが持っていた**“情緒を表現することへの躊躇と憧れ”**であり、愛を叫ぶのではなく、ぼそっと呟くように語るというスタイルは後年のブリットポップやインディーシーンにも影響を与えた。
演奏面では、Barsonの弾く柔らかな鍵盤が全体を包み込むように支えており、Suggs(サグス)のボーカルは、どこかすねたようでいて寂しげなトーンで物語を語っていく。そのミスマッチが、この曲をより一層人間味あるものにしている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
My girl’s mad at me / I didn’t wanna see the film tonight
彼女は僕に怒ってる 僕は今夜、映画を観たくなかったんだ
I found it hard to say / She thought I’d had enough of her
うまく言葉にできなくて 彼女は僕が愛想を尽かしたと思ったみたい
Why can’t she see / She’s lovely to me
どうして気づいてくれないんだろう 僕にとって彼女は大切なのに
But I like to stay in and watch TV on my own every now and then
でも、たまには一人で家でテレビを観たいだけなんだ
この歌詞の最大の魅力は、感情の過不足である。「愛している」と直接的に言うのではなく、「映画に行きたくなかった」とだけ言ってしまう不器用さ。彼女を思う気持ちはあるのに、それをうまく伝えられない。そんなすれ違いが、等身大の恋愛として描かれている。
そして、「テレビを観たいだけなんだ」というくだりには、恋愛における個人の自由と依存のバランスというテーマすら垣間見える。恋人と一緒にいることが「義務」になってしまったとき、人はどこに逃げればいいのか——Madnessはその問いを、ふざけることなく、だが決して重くならずに表現している。
4. 歌詞の考察
「My Girl」は、Madnessが持つ軽やかさと深みの両方が同居する傑作であり、恋愛における“言えなさ”と“伝わらなさ”を主題にした極めて繊細な曲である。
ここで描かれているカップルは、どこにでもいる平凡な2人であり、壮大なロマンスも悲劇もない。ただ、「会話が途切れた時」に起きる違和感や、沈黙の中にある心の動きが丁寧に描写されている。つまりこれは、恋の始まりでも終わりでもない、“続けていく”ための難しさを語る歌なのだ。
また、「テレビ」という存在が象徴するのは、コミュニケーションの逃避先であり、現代におけるスマートフォンやSNSと重ねても通じる要素がある。人は時に、最も近くにいる誰かと話すことよりも、画面の中に安らぎを求めてしまう。そこには孤独と安心の奇妙な共存がある。
「My Girl」は、そうした恋愛の“現実的な葛藤”を、美化せず、けれども軽やかに包み込むような名曲なのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Don’t Let’s Start by They Might Be Giants
意味のズレや感情の混線を遊び心たっぷりに描いたインディーポップの傑作。 - Everyday Is Like Sunday by Morrissey
淡々とした日常と、その中にある感情のざわめきを詩的に描いた孤独な名曲。 - Toothpaste Kisses by The Maccabees
ささやかな恋愛と、それを守ろうとする慎ましさが光るUKインディー。 - This Is the Day by The The
変化のない生活の中で、微かな希望と喪失を語る、切なくも美しいポップソング。 - Someone Great by LCD Soundsystem
感情を直接語らずに“喪失”を伝える、電子音と記憶の交錯する現代のラブソング。
6. これは“不器用な恋”のための小さな賛歌
「My Girl」は、Madnessの楽曲群の中でもとりわけ静かで、身近で、誠実な感情が込められた一曲である。
それは愛を大声で叫ぶのではなく、沈黙を通じて伝えようとする愛のかたちだ。
恋人との距離感。わかってほしいけど、言えない。そばにいてほしいけど、放っておいてほしい。そんな矛盾が交錯する瞬間にこそ、人間関係の“本音”がある。「My Girl」は、その矛盾を笑うのでも、ドラマティックに誇張するのでもなく、そのまま音楽にしている。
だからこそ、この曲は色あせない。
恋に不器用だったすべての人へ、これは優しい小さな賛歌なのである。
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