発売日: 1980年1月
ジャンル: ニューウェーブ、ポストパンク、ワールドミュージック、アートポップ
概要
『Mondo Bongo』は、The Boomtown Ratsが1980年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのサウンドが最も実験的かつ国際色豊かに変化した、過渡期の異色作として知られている。
それまでの彼らは、鋭利な社会批評とキャッチーなポップセンスを融合した「語るニューウェーブ」の代表格であったが、本作ではアフロカリビアン、ラテン、リズム主体のパーカッシブなサウンドに大きく舵を切り、国境なき音楽的探求を展開している。
アルバムタイトルの「Mondo Bongo」は、60年代のカルト映画『モンド・カーネ』の引用を思わせる語感であり、世界の混沌や不条理、異文化への関心が反映された言葉遊び的なネーミングでもある。
ボブ・ゲルドフはここで、語り部としての演劇性を一段と強めつつ、世界を俯瞰する視点と個人的な感情の揺れを同時に織り交ぜるようになる。
前作までの明快さやポップな即効性が後退したことで、当時のファンからは賛否を呼んだが、その多様性とリズムの実験精神は、後のトーキング・ヘッズやポール・サイモン的ワールド・ミュージック的視野にも通じる先駆性を感じさせる。
このアルバムはまさに、“表現のサバービア”(郊外)から”世界のカオス”(モンド)へ飛び出した、Boomtown Rats流のトランジション・アルバムである。
全曲レビュー
1. Mood Mambo
冒頭から変則的なリズムとラテン調のブラスが炸裂する、アルバムの方向性を象徴する一曲。
“気分のマンボ”という皮肉のきいたタイトルが、社会の気まぐれと個人の混乱を重ねる。
ボブ・ゲルドフのボーカルもより演劇的に。
2. Straight Up
パンク風味のストレートなギターロックだが、コード進行やブリッジにはサイケ的なねじれもある。
“真っ直ぐに言え”というメッセージの裏で、言葉の無力さが露呈していく皮肉な構造が特徴的。
3. This Is My Room
閉塞感に満ちた“部屋”を舞台に、パーソナルな空間と精神的な孤立を描いた内向的ナンバー。
音数を絞ったミニマルなアレンジが、息苦しさと自己崩壊寸前の心理を巧みに表現している。
4. Another Piece of Red
政治と個人の関係を象徴的に語る楽曲。
“赤”は共産主義の色か、あるいは血か――
政治的抒情詩ともいえる構成で、知的かつエモーショナルに迫る一曲。
中盤のリズム転換がスリリング。
5. Go Man Go!
ラテンビートとパンクの融合。
“Go!”という掛け声の反復が、アジテーションとしてではなく、逃走と衝動の象徴として響く。
ゲルドフの叫びが、冷笑的ではなくむしろ本能的。
6. Under Their Thumb Is Under My Thumb
ローリング・ストーンズの「Under My Thumb」への応答のようなタイトルが示す通り、支配と被支配の二重構造を皮肉った曲。
メロディは軽快だが、その裏にある権力構造の暴力性を、ゲルドフの語りが鋭くえぐる。
7. Please Don’t Go
内省的でメランコリックなバラード。
恋愛とも別れともつかない関係性を、“どうか行かないで”という曖昧で脆い言葉に託して描写する。
Boomtown Ratsらしい“語るポップ”の中でも、感情の揺らぎが最も顕著な曲。
8. The Elephant’s Graveyard
UKチャート入りも果たしたシングル。
重厚なベースラインとリズミカルなパーカッションが絡み合い、“象の墓場”=死者の棲む場所という隠喩を用いた寓話的ナンバー。
ポリリズム的アプローチが印象的。
9. Banana Republic
レゲエ~カリブ系リズムをベースに、アイルランドの政治腐敗や体制批判を行う直接的なプロテストソング。
そのダンサブルなグルーヴとは裏腹に、ゲルドフの怒りは鋭く明確であり、Boomtown Rats史上最も政治的な楽曲のひとつとされる。
10. Fall Down
アルバムのクロージングを飾るダーク・バラード。
“倒れろ”という呪文のようなタイトルが、時代の終わりと再生の予感を感じさせる。
音数の少なさが、逆に感情を強く引き出す。
総評
『Mondo Bongo』は、The Boomtown Ratsにとって“ポスト・ブリットポップ”でも“ポスト・パンク”でもない、独自の“ポスト”を提示した作品である。
ここには社会風刺もあるが、同時に逃避もある。
ポップもあれば、語りとリズムを主軸にした前衛性もある。
まるで世界中を転々とする放浪詩人のように、Boomtown Ratsはこのアルバムで“音楽的多国籍化”を果たしたのだ。
大衆にはわかりにくくなったが、だからこそ自由になった。
『Mondo Bongo』は、語りと反骨と実験を融合した“世界放浪型ニューウェーブ”の貴重な記録であり、ゲルドフの表現者としての次なる段階を予感させる作品でもある。
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初期ニューウェーブの音の彷徨と、政治的かつ都市的な空気感が共鳴。
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