1. 歌詞の概要
「Mirrors」は、アメリカ・サンディエゴ出身のノイズポップ/ガレージ・ロック・デュオ、**Crocodiles(クロコダイルズ)**が2010年にリリースしたセカンド・アルバム『Sleep Forever』のオープニング・トラックであり、歪んだ自己認識と内面の分裂、そして反射する世界との対峙をテーマにしたサイケデリックな序章として位置づけられる楽曲である。
タイトルの「Mirrors(鏡たち)」が象徴するのは、自己を見つめ返すための装置としての世界、あるいは反射される“偽りの自己像”そのものだ。
この曲は、華やかさやカオスを伴って幕を開けるアルバム全体の空気を提示しつつ、幻覚のように揺らぐ“現実感”と、それに対する不信と快楽”を並列に描き出す。
鏡の中に映るものが“自分”とは限らない。そこに映るのは、社会が望む像なのか、欲望に歪んだ像なのか、あるいはもう戻れない過去の残像なのか。
Crocodilesは、この楽曲で**「自分を見ること」=「破綻に気づくこと」**としての鏡の機能を描いている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Sleep Forever』というアルバムは、そのタイトルが示すように、「死」と「夢」、「永遠」と「解放」をテーマとしたコンセプチュアルな作品であり、CrocodilesがJesus and Mary Chain的ノイズポップからさらに一歩踏み込み、よりサイケデリックかつ耽美的な方向へと進んだマイルストーン的アルバムである。
「Mirrors」はその最初の楽曲でありながら、すでに終末感を伴っており、自己と世界の境界が溶けていくような幻覚的ムードを持っている。
歌詞は断片的で意味を明示しないが、だからこそ、聴き手の内面にある“不安”や“誤認”を次々に反射しはじめる。
音楽的には、ノイジーなギター、広がりのあるリヴァーブ、そして虚ろなボーカルが組み合わさり、実体を持たない感情や風景がノイズの中でぼやけていく構造となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“Mirrors are lies / Reflections of fear”
鏡は嘘だ
それは恐怖の反射でしかない“Mirrors are drugs / That make you disappear”
鏡はドラッグのようなもの
君を消してしまう“I’m walking through walls / I’m not really here”
壁の中を歩いてる
僕は本当はここにいないんだ“Mirrors, mirrors, show me the truth / Or show me the end”
鏡よ、真実を映せ
それとも終わりを見せてくれ
※ 歌詞引用元:Genius(非公式)
4. 歌詞の考察
この曲に登場する「鏡」は、現実世界をそのまま映す道具ではない。むしろそれは、“自分とは何か”という問いに対して、曖昧で歪んだ像しか返してこない象徴的存在である。
「鏡は嘘」「鏡は恐怖の反射」というラインは、社会的な自己像、つまり“他者からどう見られているか”という意識が、自己をむしばむものであることを示している。
また、「鏡はドラッグ」「君を消してしまう」という表現には、現実逃避や陶酔を与えるイメージの世界が、逆に“自分の輪郭”を溶かしてしまう危険性が描かれている。
つまり、鏡の中に見出そうとするのは自己の証明なのに、そこにはもはや“本当の自分”は存在しないのだ。
この曲の語り手は、「壁をすり抜ける」「ここにいない」と語るが、それは肉体の消失ではなく、アイデンティティの希薄化を意味する。現代の都市生活、SNS文化、消費社会のなかで、自分がどんどん“虚構の存在”になっていくという感覚が、この歌詞の根底に流れている。
そして最後の「真実を見せろ、あるいは終わりを見せろ」というフレーズは、答えか死かを求める極限状態のメッセージであり、まるで鏡に問いかけること自体が“存在の試練”になっているかのようだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “You Made Me Realise” by My Bloody Valentine
轟音と曖昧な意識の狭間で、自己の溶解を音で描くシューゲイザーの代表曲。 - “Upside Down” by The Jesus and Mary Chain
混乱と倒錯のなかに“ポップ”を見出す、初期ノイズポップの金字塔。 -
“Things’ll Never Be the Same” by Spacemen 3
反復とサイケデリックな浮遊感が、意識のゆらぎを誘発するアンセム。 -
“She Found Now” by My Bloody Valentine
時間の流れが止まったかのような空間に、愛と不在が響く現代の音の幻影。 -
“Come Together” by Primal Scream
スピリチュアルな逃避とサイケデリックな昂揚が交錯する祝祭的トランス。
6. 鏡に映るのは“真実”か“虚構”か——「Mirrors」が描く、自己と現実の溶解線
「Mirrors」は、Crocodilesが提示する**“自分とは誰か?”というポストモダン的問いの入り口**に立つ楽曲である。
それはポップのかたちを取りながらも、鏡に向かうことの恐怖と、美学的な諦観を同時に抱える、鋭利な音の祈りでもある。
鏡に映るのはいつも、少し遅れた自分。歪んで、正確ではなく、でも目を離せない。
それはまるで、現代における自己像そのものであり、「鏡」という装置を通して、私たちは“自分が崩れていく音”を聴くことになる。
「Mirrors」は、視覚ではなく“聴覚による自己の肖像画”であり、鏡の前に立ちすくむすべての魂への、ノイズに満ちた鎮魂歌なのである。
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