Mind Eraser, No Chaser by Them Crooked Vultures(2009)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

『Mind Eraser, No Chaser』は、スーパーグループThem Crooked Vulturesのセルフタイトル・デビューアルバム『Them Crooked Vultures』(2009年)に収録された代表的なトラックであり、アルバムからの2ndシングルとしてもリリースされた。タイトルの「Mind Eraser, No Chaser」は、直訳すれば「記憶消し、割りものなし」となるが、これは強烈なアルコールショットを比喩的に用いた表現であり、容赦ない現実や真実に対して“逃げ道なし”で向き合う覚悟を示しているようでもある。

この曲の歌詞は、スピーディで混沌とした世界の中で、自己を見失いかける感覚や、世間の欺瞞に対する苛立ちを表現している。音楽的にも、ドライヴ感のあるリフと、重厚なドラム、3人のメンバーによるヴォーカルの掛け合いが魅力で、まさに“3つの巨頭”がぶつかり合いながら一つの破壊力ある塊として響く楽曲である。

歌詞の構造は明快というよりは断片的で、シュールで皮肉に満ちた言葉が次々に登場する。その断片性こそがこの曲のカオスを演出し、混乱と快楽、憤りと自由が同居するような独特の世界観を作り上げている。

2. 歌詞のバックグラウンド

Them Crooked Vulturesは、ジョシュ・オム(Queens of the Stone Age)、デイヴ・グロール(Nirvana, Foo Fighters)、ジョン・ポール・ジョーンズ(Led Zeppelin)というロックの巨人たちが集まって生まれたユニットであり、その音楽は各メンバーのルーツと革新性が入り交じった独特の緊張感を持っている。

『Mind Eraser, No Chaser』においては、ヴォーカルをジョシュとデイヴが交互に、時に重ねながら担当し、まるで内なる声と外からの圧力が会話するような構成がとられている。このダイナミックな掛け合いは、演奏だけでなく精神的なエネルギーのぶつかり合いをも表現しており、スタジオ録音というよりはライヴ的な衝動性すら感じさせる。

ジョシュのペースの速いギターワークとグロールの圧倒的なドラムに、ジョン・ポール・ジョーンズの遊び心と職人的な低音が加わることで、楽曲全体は爆発的かつサイケデリックなグルーヴを生んでいる。これは単なるロックンロールではなく、ロックの歴史を熟知した者たちによる“破壊的再構築”なのだ。

3. 歌詞の抜粋と和訳

Don’t forget the songs that made you smile
君を笑顔にしたあの歌たちを忘れるな

And the songs that made you cry
そして、泣かせた歌たちも

冒頭から、音楽が感情の記憶装置であることを提示しており、「笑い」と「涙」が並列で登場することで、人生の喜怒哀楽を音楽が包括しているという視点が示される。

When you’re drunk and kicking chairs
酔って椅子を蹴飛ばしてるとき

And you’re drunk and shooting blanks
酔ったまま空砲を撃ちまくってるとき

At the wrong people who do not
お門違いの相手に対して

Deserve to be shot
撃たれるべきでもない相手に

この部分では、怒りや不安定な感情が酩酊状態の中で暴走し、誤った方向に発散されていく様子が描かれている。社会に対する怒りをぶつけたくても、その矛先は往々にして見当違いであるという、人間の愚かしさが皮肉に描かれている。

I’m in you now, and all that I do
今、僕は君の中にいて、することすべてが

Falls on your lips
君の唇に落ちていく

So now you wear this bruised crown
だから君はこの傷ついた王冠をかぶってる

Like a habitual kiss
慣れきったキスみたいに

一見ロマンティックにも読めるこの箇所だが、実は支配と習慣化された痛みについてのメタファーでもある。「習慣化されたキス」とは、もはや情熱ではなく、惰性や依存の象徴でもある。

引用元:Genius – Them Crooked Vultures “Mind Eraser, No Chaser” Lyrics

4. 歌詞の考察

『Mind Eraser, No Chaser』の歌詞は、明確なメッセージというよりは、“混沌の精神状態”そのものを描き出すように設計されている。その中には、社会への不満、自我の揺らぎ、そして快楽や破壊への衝動といった、ポストモダン的な心理が垣間見える。

「mind eraser」という表現は、都合の悪い記憶を消し去りたいという欲望を示唆しており、現実を直視できずに逃避する傾向や、それでもなお逃げ切れない苦しみが浮き彫りになる。さらに、「no chaser」という語が示すのは、アルコールの強さを和らげる“チェイサー”なしで飲み干すような、逃げ道のない状況。これは感情や現実を「そのまま飲み込む」ことを余儀なくされる人間の宿命を示唆している。

楽曲全体を通して見えてくるのは、“理性と本能”“創造と破壊”“記憶と忘却”といった二項対立の間で揺れる人間の姿であり、それをまるでセラピーのように、またロックの儀式のように音楽で昇華しようとする姿勢が伝わってくる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • No One Loves Me & Neither Do I by Them Crooked Vultures
    アルバムのオープニングトラック。自己嫌悪とナルシシズムの間を行き来するような歌詞と展開が、『Mind Eraser, No Chaser』の世界観と地続きになっている。

  • Song for the Dead by Queens of the Stone Age
    ジョシュ・オムとデイヴ・グロールが共演した代表曲。エッジの効いたリフと暗喩に満ちたリリックが共通点を持つ。
  • Rope by Foo Fighters
    グロールのバンドによる緊張感のある構成と浮遊感のあるメロディ。情緒の揺れを音で表現している点が共通している。

  • Nobody Loves Me by Portishead
    鬱屈したリリックと重たいグルーヴが『Mind Eraser, No Chaser』と同様に“内面との対話”を描き出す。

6. ヴォーカルの共演が象徴する「三位一体」の表現力

この楽曲における最も特筆すべき点は、ジョシュ・オム、デイヴ・グロール、ジョン・ポール・ジョーンズという三者が、単なる“歴史的顔合わせ”ではなく、音楽的にも精神的にも高度に融合していることである。とりわけ、ジョシュとデイヴが交互にヴォーカルを取る形式は、まるで二人の“内なる声”と“外の世界への叫び”が呼応しているように聞こえ、それがこの曲に異常なまでの緊張感と親密さをもたらしている。

また、彼らはこの楽曲で過去の名声に寄りかかることなく、むしろその名声を一度「マインドイレース(記憶消去)」して新たなロックの地平を切り拓こうとしているようにも見える。その姿勢は、リスナーにも「自分自身の中にある偽りを剥がせ」と訴えかけてくるようだ。

『Mind Eraser, No Chaser』は、感情の限界に立たされたときに生まれる衝動と正直さを音に封じ込めた、極めて現代的で、そして時代を超えるロックの名曲である。


歌詞引用元:Genius – Them Crooked Vultures “Mind Eraser, No Chaser” Lyrics

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