1. 歌詞の概要
「Million Reasons」は、Lady Gagaが2016年にリリースした5作目のスタジオ・アルバム『Joanne』からのセカンドシングルであり、彼女のキャリアにおいて特に内省的で、感情の芯に触れるようなバラードである。本作は、愛し続ける理由と、その愛を手放すべき無数の理由との間で揺れる心を描いた楽曲であり、「もう無理かもしれない」と思いながらも、なお一筋の希望を信じようとする人間の強さと弱さが丁寧に紡がれている。
タイトルにある「Million Reasons（100万の理由）」とは、自分を傷つけるもの、裏切り、失望、孤独、すべてを指している。その中で「たったひとつの理由」があるなら、そこに賭けてみたい――そんな切実でありながら、どこか静かに燃えるような決意が、この曲には込められている。
全体としては、カントリーやフォークの要素が色濃く感じられ、従来のGagaのエレクトロニックなスタイルとは異なる地に足のついたサウンドが、彼女のヴォーカルと感情をより際立たせている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Million Reasons」は、アメリカ南部の音楽的伝統に影響を受けたアルバム『Joanne』の中でも、特にストレートでパーソナルなトラックである。共同制作・共作詞にはカントリーアーティストのヒラリー・リンジー（Hillary Lindsey）が名を連ねており、その影響からか、ナッシュビル的な情緒と構造が顕著に現れている。
この楽曲は、Gagaの私生活における苦悩――婚約解消、業界における孤立、芸術家としての方向性の見直し――を背景にしているとされる。彼女自身がインタビューで「この曲は、自分を壊し続けるような状況の中で、それでも信じたい何かがあったときに書いた」と語っており、その言葉の重みが歌詞の端々から滲み出ている。
また、『Joanne』というアルバム自体が、彼女の亡き叔母ジョアン（Joanne Germanotta）へのオマージュでもあり、家族の記憶やルーツを振り返る作品である点からも、「Million Reasons」は単なる失恋の歌ではなく、人生そのものの重さと向き合うための祈りのようにも響く。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Million Reasons」の印象的な歌詞の一部を英語と日本語で紹介する。
You’re giving me a million reasons to let you go
あなたは、私にあなたを手放す100万の理由を与え続けているYou’re giving me a million reasons to quit the show
もう幕を下ろしてしまいたいと思う理由を、100万もI bow down to pray, I try to make the worst seem better
私は跪いて祈る、どうにか最悪の状況をましなものに見せようとしてるのLord, show me the way to cut through all this worn-out leather
神様、どうか教えて、この擦り切れた革のような心を突き破る道をI’ve got a hundred million reasons to walk away
私には立ち去る理由が、億というほどあるのBut baby, I just need one good one to stay
でもベイビー、私に必要なのは、たったひとつの「残る理由」だけ
出典: Genius Lyrics – Million Reasons by Lady Gaga
4. 歌詞の考察
「Million Reasons」は、きらびやかな衣装や派手なパフォーマンスを脱ぎ捨てたLady Gagaが、自分の内側をさらけ出すようにして生まれた楽曲である。そこにあるのは、愛の理不尽さ、信じることの苦しさ、そして希望を失いたくないという願いである。
歌詞の冒頭から終始一貫して、「去るべきか、残るべきか」という問いが繰り返される。それは恋愛におけるジレンマにとどまらず、人生の選択に対する問いとしても読むことができる。現実がこれほどまでに傷だらけで、諦めたくなる瞬間が何度も訪れる中で、なおも人は「たったひとつの理由」に希望を託す。それは恋人の一言かもしれないし、音楽そのものかもしれない。
また、宗教的な言葉遣いも注目すべき点だ。「祈る」「神に導きを請う」といった表現は、彼女が感じている苦しみが表層的なものではなく、精神の深層から発せられていることを示している。愛とは、理性では割り切れない“信仰”のようなものであり、そこには常に奇跡の可能性と絶望が共存している。
さらに、Gagaのヴォーカルはこの曲で特に印象的である。圧倒的な声量や技巧ではなく、言葉を噛みしめるような歌い方が、彼女が本当にこの言葉を“生きている”ことを感じさせる。音の隙間に込められた沈黙や息遣いまでもが、感情の余白を埋めてくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Piece by Piece by Kelly Clarkson
家族や愛に対する失望と再生の物語を描いた、力強くも繊細なバラード。 - Someone Like You by Adele
別れを受け入れつつ、なおも愛し続ける心情を静かに歌い上げた名曲。 - Praying by Kesha
苦しみの中から希望を見出そうとする、スピリチュアルで感情的なバラード。 - Back to December by Taylor Swift
過去の過ちと、それに対する後悔を綴った、控えめな誠実さを感じさせる作品。 -
Blue Ain’t Your Color by Keith Urban
カントリーポップとしての雰囲気が「Million Reasons」に通じる、哀愁を帯びた一曲。
6. “ステージの向こう側”にあるGagaの素顔
「Million Reasons」は、Lady Gagaというアーティストの“脱皮”とも言える楽曲である。かつて「Applause」で「私は拍手に生きる」と歌い、「Bad Romance」で愛の狂気を誇張してきた彼女が、本作では人間としての脆さと葛藤をそのまま提示している。
この変化は、アルバム『Joanne』の方向性と密接に関係している。派手さやコンセプトを極限まで削ぎ落とし、自分のルーツ――家族や故郷、過去の傷と向き合うことで、Gagaは初めて“Stefani Germanotta”として歌ったともいえる。つまり、「Million Reasons」は“Lady Gaga”という仮面を一時的に外した瞬間であり、そこにあるのは誰よりも人間らしい彼女の姿である。
だからこそ、この曲は多くの人に深く届いたのだろう。恋に悩む人、家族に傷つけられた人、自分の信じる道を貫けずに迷う人――それぞれがこの曲に自分の物語を重ねられる。それは、ポップソングの役割の一つであり、Gagaがその力を信じている証でもある。
「Million Reasons」は、沈黙の中に語られる祈りであり、混乱の中で絞り出す“信じる力”の歌なのだ。たったひとつの理由が、すべての傷を越えていく――そのことを、彼女は静かに、しかし確かに教えてくれている。
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