
発売日: 1992年2月28日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ノイズ・ロック、インディーロック、ドリーム・ポップ
概要
『May I Sing with Me』は、Yo La Tengoが1992年にリリースした通算5作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの音楽的な“新章”を告げる重要な作品である。
この作品から、ジェームズ・マクニュー(James McNew)が正式にベーシストとして加入し、現在まで続く“最強のトリオ編成”が始動する。
以降のYo La Tengoの代名詞となる、静けさと轟音、ドローンとフォーク、即興と構築の交差が、このアルバムからより明確に姿を現していく。
本作は、前作『Fakebook』のアコースティックなフォーク調とは対照的に、フィードバック・ギターと轟音、そして内省的なリリックを中心に据えた、ノイジーでエモーショナルなロックアルバムである。
とはいえ、そこにはYo La Tengoらしい“親密で壊れやすい美しさ”もはっきりと刻まれており、彼らのサウンドの核がついに統合され始めた印象を与える。
全曲レビュー
1. Detouring America with Horns
冒頭から歪んだギターが全開のノイズ・ロックナンバー。
皮肉めいたタイトルに込められたのは、“アメリカを一巡するような混沌”と“崩れていく秩序”かもしれない。
2. Upside-Down
キャッチーなリフとフックのあるメロディが印象的。
Yo La Tengoにしては珍しく“ポップ”の直球に寄った構成で、インディー・ポップ的な明快さが際立つ。
3. Mushroom Cloud of Hiss
10分を超えるフィードバック・ノイズの応酬。
ライブでは定番となる、Yo La Tengoの轟音美学を象徴する名曲であり、バンドの即興的アプローチが最も純粋な形で記録されている。
4. Detour Theme
前半の爆音から一転、柔らかく幻想的な小品。
インストゥルメンタルでありながら、メロディの繊細さとアレンジの透明感が光る。
5. Always Something
メランコリックな歌詞と抑制された演奏が心を打つ。
ギターの繊細な刻みとHubleyの穏やかなドラミングが印象的。
6. Five-Cornered Drone (Crispy Duck)
のちに別のアレンジでも登場する定番曲。
ドローン的構造と浮遊感のあるコードワークが、Yo La Tengoの夢幻的側面を象徴する。
7. Out the Window
穏やかで内省的なバラード。
Hubleyのボーカルが際立ち、“窓の外”という象徴が喪失や憧憬をにじませる。
8. Sleeping Pill
ドリーミーでありながら、どこか不安定な感情の揺らぎを表現した一曲。
まどろみと不眠の狭間にあるような、曖昧な美しさが魅力。
9. Mushroom Cloud of Hiss (Reprise)
アルバムのクライマックスに再び現れるフィードバック・モチーフ。
反復するノイズの中に、時間の輪郭がにじんでいく。
10. Swing for Life
ラストは小さなスケールのフォーク・ソング。
最終的に“歌うことの祈り”へと回帰して終わる、アルバム全体を象徴する静かなエンディング。
総評
『May I Sing with Me』は、Yo La Tengoがノイズと歌、実験とポップ、崩壊と抒情を初めて高次元で融合させた、いわば“完全体”へ向かう第一歩である。
ジェームズ・マクニューの加入により、トリオとしてのバランスが整い、バンドの表現力が一気に拡張された。
とくに注目すべきは、“うるさい曲”と“静かな曲”の間にある曖昧な領域を作品全体が探り続けている点であり、これはのちの名作『Painful』や『I Can Hear the Heart Beating as One』へと通じるYo La Tengoの根幹テーマでもある。
このアルバムには、Yo La Tengoの音楽が“わかりにくいけれど、やさしい”ものであることを示すヒントが詰まっている。
爆音の中にある沈黙。騒がしさの中にある静寂。ノイズに包まれて、ようやく聴こえてくる“歌”。
『May I Sing with Me』とは、そんな曖昧で確かな問いかけなのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Painful / Yo La Tengo
本作の延長線上にある、ノイズと抒情の完全な融合。Yo La Tengo史における金字塔。 -
You Made Me Realise / My Bloody Valentine
ノイズとメロディの交錯、爆音の快感という観点から共振するシューゲイズの名作EP。 -
Perfect from Now On / Built to Spill
構築的なギター・アンサンブルと哲学的リリック。Yo La Tengoと並ぶ90年代USインディーの核心。 -
13 Songs / Fugazi
よりポリティカルでハードコアだが、“反復と静寂の美学”において思想的な接点がある。 -
Red House Painters (Rollercoaster) / Red House Painters
スロウで内省的、情緒豊かな音像が『May I Sing with Me』の静的側面と共鳴。
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