アルバムレビュー:Mag Earwhig! by Guided by Voices

発売日: 1997年6月24日
ジャンル: インディーロック、ローファイ、ガレージロック


耳に棲みついた魔法——GBV、混沌から構造へ向かう“第二章”の幕開け

『Mag Earwhig!』は、Guided by Voicesが1997年に発表した“ほぼ新体制”での作品であり、
それまでのローファイなDIY精神を保ちつつも、よりバンド的な一体感とロック的構築性を強めた“過渡期の傑作”である。

最大の特徴は、ポラード以外のメンバーが一新され、
クリーヴランドのインディーバンドCobra Verdeをバックバンドに迎えて制作された点。
これにより、GBV特有の短く断片的な曲は姿を潜め、
より“まとまったロックソング”としての骨格を備えた楽曲が目立つようになった。

アルバムタイトル“Mag Earwhig!”は、“magazine”と“earwig(耳に入る虫)”を掛け合わせた造語であり、
「音楽が耳に入り込んで棲みつく」という、GBVの存在そのものを象徴するような言葉だ。
結果として本作は、DIYとロックンロールの奇妙な結婚式となっている。


全曲レビュー

1. Can’t Hear the Revolution

ラフなドラムとギターにのせて、反抗と耳鳴りのイメージが同時に提示される。
タイトルが示す通り、“革命の音すら聴こえない”という無力な時代感を感じさせる痛烈なオープニング。

2. Sad if I Lost It

パワーポップ寄りのシンプルなメロディと、ポラードらしい抽象詞が絶妙に交差。
“何かをなくしたら悲しいかも”という曖昧な心情が、意外と刺さる。

3. I Am a Tree

新ギタリストDoug Gillard作曲による、アルバム中でも屈指の名曲。
GBV史上まれに見る“ストレートなロック・アンセム”で、
重厚なギターとドラマティックな展開がリスナーを圧倒する。

4. The Old Grunt

短いインスト風の不協和トラック。
過渡期のGBVが“まだ実験性を忘れていない”ことを示すような、奇妙な隙間。

5. Bulldog Skin

シングルカットもされたポップ・ロックナンバー。
粗削りながらフックに満ちた展開で、耳に残るメロディが“耳虫(earwhig)”としての役割を果たす。

6. Are You Faster?

疾走感あるリズムに乗せて、スラングと詩的モチーフが混ざり合う。
曲の短さが逆に中毒性を生んでいる好例。

7. I Am Produced

内省的でスローなバラード調ナンバー。
“生産される自分”というメタ視点が、音楽業界や自己像への疑念として響く。

8. Knock ‘Em Flyin’

この時期のGBVらしいパワーポップとローファイ感の絶妙なバランス。
“ぶっ飛ばしてやれ”というメッセージが、むしろどこか切ない。

9. Not Behind the Fighter Jet

短いながら非常に強いイメージを喚起するタイトル。
“戦闘機の背後にはいない”というフレーズが、非英雄的ロックの在り方を象徴。

10. Portable Men’s Society

トビン・スプレンス作によるアコースティック寄りの内省的ナンバー。
旧体制GBVとのつながりを示す静かな名曲。

11. Little Lines

メロディアスで緩やかなバラード。
“小さなライン”という言葉が、人生や言葉の断片を詩的にすくい取っている。

12. Learning to Hunt

ポラードによるホームレコーディング的なバラード。
アコースティックギターの柔らかさと歌声の脆さが胸に響く、GBV史上屈指の叙情曲


総評

『Mag Earwhig!』は、Guided by VoicesがローファイDIYバンドから“ロックバンド”への橋を架けた作品である。
その変化は一部のファンを戸惑わせたものの、
ここで得た構造性と演奏力は、後の『Do the Collapse』や『Isolation Drills』につながっていく。

とはいえ、ポラードの詩的で断片的な世界観は依然として健在で、
むしろバンドサウンドによってより明確な輪郭を持ちはじめたとも言える。
本作には、“Guided by Voicesという理想のバンド像”を現実に再構成しようとする意志があり、
それは単なるスタイルチェンジではなく、バンドの再定義=再生産(I Am Produced)の物語でもあった。

このアルバムを聴くということは、耳の奥に棲みついた何かと向き合うことなのかもしれない。
それが“Mag Earwhig!”という名の魔法なのである。


おすすめアルバム

  • 『Do the Collapse』 by Guided by Voices
     本作の延長線上にある“プロデュースされたGBV”の代表作。

  • Bee Thousand』 by Guided by Voices
     ローファイ時代の集大成。『Mag Earwhig!』との対比が面白い。

  • Telephono』 by Spoon
     ラフな録音とスマートなメロディの融合。新時代GBVの近似点。

  • Perfect From Now On』 by Built to Spill
     構築性とギターワークにおいて、Doug Gillard期GBVとの親和性大。

  • Wowee Zowee』 by Pavement
     混沌と構成の絶妙なバランス。GBVの同時代的ライバル作。

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