発売日: 2024年1月26日
ジャンル: ドリームポップ、オルタナティブ・ロック、シューゲイザー、ポスト・パンク
概要
『MADRA』は、アイルランド・ゴールウェイ出身の4人組バンドNewDadによる初のフルアルバムであり、これまでEP作品で積み重ねてきた“繊細さと轟音の共存”という美学を、より強固で洗練された形で提示した長編作品である。
タイトルの「MADRA」は、アイルランド語で“犬”を意味し、忠誠心、孤独、本能、守りたいもの、そして噛みつきたくなるほどの衝動──そうした“感情の獣性”を象徴している。
ドリームポップの浮遊感、シューゲイザーの分厚い壁、ポスト・パンクの冷たさ、そしてUKロックの叙情性を絶妙にブレンドし、NewDadは本作でようやく“自分たちだけの声”を確立した。
Julie Dawsonの歌声は以前にも増して内省的で、静けさの中に凍った怒りや希望を内包し、ギターはより重く、ドラムはより直線的に、バンドの音像そのものが“感情の言語”となっている。
全曲レビュー
1. Angel
天使というタイトルに反し、不穏なギターと静かな焦燥感で幕を開けるオープナー。
「私を見つけて」と歌う声がノイズの中に浮かび、救済と孤独が同時に感じられる。
2. Sickly Sweet
優しさに潜む毒性をテーマにしたポスト・パンク風トラック。
甘い旋律と鋭いギターの対比が印象的で、恋愛と自己崩壊が交錯する。
3. White Ribbons
戦争、祈り、記憶──タイトルが示すとおり、深い社会的・個人的イメージが交錯するスロウな名曲。
荘厳なビートと浮遊するギターの中で、Julieのボーカルがまるで“儀式”のように響く。
4. In My Head
『Waves』『Banshee』から続く思考過多テーマの発展形。
混乱の渦をそのまま音にしたような緊張感。
サビの爆発力とギターの重層感が、バンド史上屈指のエモーションを叩き出す。
5. Nightmares
悪夢のような記憶に囚われた心を描く、ミドルテンポの轟音ドリームポップ。
甘いメロディが浮かびながら、背後では不穏なフィードバックが鳴り続ける。
感情の“見えない部分”を音で描いたようなトラック。
6. Let Go
過去作でも登場した楽曲の再録版。
音の厚みが増し、より決意を帯びた「手放す」表現へと進化。
ノスタルジックなギターが痛みと癒しを同時に運んでくる。
7. Madra
タイトル曲にして、本作のコンセプトを凝縮した中核トラック。
「私は忠実な犬のように、あなたを待ち続けた」というリリックが象徴的で、支配と依存、自我と服従の境界が描かれる。
ギターはまるで吠えるように咆哮し、NewDad史上最もダークで激しい一曲。
8. Let Me Think
沈黙の中に思考を漂わせるような、アンビエント寄りのインタールード的楽曲。
ベースラインとパッドが心音のように鳴り続ける。
“考えさせて”という言葉がこんなにも切実に響くのは、音がそれを包んでいるからだ。
9. Where I Go
自己同一性の揺らぎをテーマにしたトラック。
旅、移動、すれ違い、そして“ここではないどこか”への希求がにじむ。
ギターはどこまでもメランコリックで、曲全体が“未完成な地図”のような印象を残す。
10. Nosebleed
突然の感情爆発を描いた短く鋭いトラック。
鼻血=抑えきれなかったものの象徴。
パンクに近いテンポと歪みの中に、未熟であることの誇りが垣間見える。
11. Dream of Me
アルバムのラストを飾るバラード。
「私の夢を見て」という言葉が、静かな絶望にも、微かな希望にも聴こえる。
終わりのない感情のループを優しく閉じながらも、どこかで次の始まりを予感させる。
総評
『MADRA』は、NewDadがEPという“感情の断片”から抜け出し、一つの“物語”を描ききることに成功したアルバムである。
それは、犬のように忠実で、それゆえに傷つきやすい心、誰かを守ろうとして逆に自分を壊してしまう衝動──そんな“壊れやすい感情”の全体像を提示している。
彼らの音楽はもはや“ドリームポップ”という枠を超え、夢の中に潜むノイズ、そして覚めた現実の寂しさをも等しく内包する“エモーショナル・ノイズ・ポップ”へと進化した。
そしてこの作品は、同世代だけでなく、かつて誰かに従順であろうとしたすべての人へ捧げられた、静かな咆哮なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
-
Just Mustard / Heart Under
アイリッシュ・ノイズロックの同胞。音の緊張感と静けさの美学が共鳴する。 -
Wolf Alice / Visions of a Life
轟音と囁きの間を行き来するダイナミズム。NewDadの進化形のようなバンド。 -
Deftones / White Pony
轟音の中に耽美な浮遊感。ハードかつメランコリックな感情の融合点。 -
The Cure / Disintegration
内省、ロマンス、崩壊──すべてを音にした伝説的ゴシックポップ。NewDadの精神的先祖。 -
Slowdive / Everything Is Alive
現代に甦ったシューゲイザーの叙情。『MADRA』の浮遊感と重なるポイントが多い。
コメント