発売日: 2024年2月16日
ジャンル: ブリットポップ、オルタナティヴ・ロック、フォークロック
概要
『Love Is the Call』は、Castが2024年にリリースした7枚目のスタジオ・アルバムであり、
90年代ブリットポップの残り火を静かに燃やし続けてきた彼らが、人生と世界の混沌を前に“愛”という普遍的な解答を差し出した最新作である。
ジョン・パワー(Vo/Gt)を中心としたバンドは、2017年の『Kicking Up the Dust』以来、
着実にライブ活動を重ね、UK各地のフェスで熱い支持を集めながら、じっくりと本作の制作に取り組んできた。
本作のサウンドは、初期Castのギター・ポップ的エネルギーと、中期以降のフォーキーで内省的な感性が融合したものとなっており、
プロデューサーに再びジョン・レッキーを迎えたことで、音像に温かみと深みが加わっている。
タイトル「Love Is the Call(愛こそが呼びかけだ)」は、
分断と不安定さの時代にあって、人と人とをつなぐ最も根源的なものを再確認するメッセージとなっており、
この時代にバンドが存在する意味を、静かに、しかし確かな輪郭で提示している。
全曲レビュー
1. Love You Like I Do
柔らかなアコースティック・ギターで始まる、穏やかで誠実なラブソング。
“君をこんなに愛せる自分でいられること”への感謝が込められた、バンド史上もっともパーソナルな楽曲のひとつ。
2. Love Is the Call
タイトル曲にして本作の精神的支柱。
“愛が呼びかける”という詩的なフレーズは、暴力や無関心の対極にある“受け入れ”の思想を象徴する。
ミディアム・テンポのバンドサウンドが徐々に熱を帯びていく構成も見事。
3. Faraway
旅と別れ、時間の流れをテーマにしたスローバラード。
“遠く離れていても心はそばにいる”という慈愛に満ちた視点が胸を打つ。
4. Rain That Falls
タイトル通り“降る雨”をモチーフにした、メランコリックなフォーク・ロック。
“雨”はここでは喪失と再生の象徴として用いられ、濡れることを恐れない強さが表現されている。
5. Tomorrow Calls My Name
未来への期待と不安が交差する、リズミカルなロックチューン。
“明日が俺の名前を呼ぶ”という言葉に、人生後半の前向きな自己受容が感じられる。
6. I Have Been Waiting
内省的で、ミニマルな構成が印象的な一曲。
“待ち続けた時間”の重さと意味が静かに描かれ、アルバムの感情的中盤を支える名バラード。
7. Out of My Hands
2017年の前作からの再録。
“自分の手には負えない”という諦観と、委ねることの強さを表現した、キャリア後期を象徴する楽曲。
8. Love You Like I Do (Reprise)
1曲目のインストゥルメンタル再解釈。
ピアノとストリングスが加わることで、“愛の記憶”としての余韻が浮かび上がる。
総評
『Love Is the Call』は、Castが再び“愛”という普遍的テーマを掲げ、
かつてのように“若さの賛歌”ではなく、“受け入れることの肯定”として描いた円熟のロック作品である。
かつての『All Change』や『Mother Nature Calls』では、
ジョン・パワーは「何かを変えたい」というエネルギーをギターに乗せていた。
だが本作では、「変えられないものを抱きしめる」ことの美しさを、穏やかに、しかし力強く語っている。
アレンジも過剰な装飾は排され、“音と言葉”の本質に立ち返ったような清廉さが際立つ。
その分、歌詞の一つひとつがより深く響き、音楽そのものが“語り”として機能しているのが印象的である。
『Love Is the Call』は、ブリットポップ世代のバンドたちが沈黙した今も、
なお音楽を鳴らし続けるCastという存在の“意味”と“現在地”を静かに刻んだアルバムなのである。
おすすめアルバム
- Richard Hawley / Coles Corner
穏やかで内省的なロックと、優しさに満ちたラブソングの美学を共有する。 - Paul Weller / True Meanings
熟成された感性で描く“人生後半の音楽”。アコースティックの美と詩情が共鳴。 - Travis / Where You Stand
シンプルだが心に残るメロディで、愛や赦しを静かに描いた成熟作。 - The Coral / Coral Island
リヴァプール発、同郷の音楽的親和性が高い現代UKバンドの叙情作。 - Ocean Colour Scene / One for the Road
音楽的な地に足のつき方、誠実なバンド姿勢という点での精神的な共通項が多い。
歌詞の深読みと文化的背景
『Love Is the Call』において中心となるモチーフは、やはり“愛”である。
しかしそれは、恋愛や情熱的な衝動ではなく、赦し、受容、他者への思いやりといった“静かな愛”である。
「Faraway」では物理的距離と心の近さの反転を描き、
「Tomorrow Calls My Name」では、不確かな未来を受け入れることが生きる強さとして描かれる。
また、「Out of My Hands」では“自分にできることはもうない”というフレーズに、
コントロールを手放すことの覚悟と信頼が滲む。
現代において“愛”という言葉はしばしば安く消費されるが、
本作ではそれが人生の後半戦を生きる者たちによる、静かで重たい“祈り”としての呼びかけに変わっている。
『Love Is the Call』は、ただの再結成バンドではない、
“語る価値がある言葉を持つ”ロックバンドとしてのCastの意志表明にほかならない。
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