1. 歌詞の概要
「Loudspeaker」は、MUNA(ミューナ)が2016年にリリースした初期代表曲のひとつであり、のちにデビュー・アルバム『About U』(2017)にも収録された、痛みを声に変える自己肯定のアンセムである。
タイトルの「Loudspeaker(拡声器)」は、比喩としての“声を大にする”という意味合いを持っており、曲中では、自分の弱さや恥、トラウマまでも“隠さずに語ること”の重要性が歌われている。
MUNAの楽曲の中でもこの曲はとりわけダイレクトに、個人的な傷を“武器”として昇華する姿勢を表明しており、痛みの可視化こそが癒しであり、抵抗であるという哲学が貫かれている。
「誰かに傷つけられても、私はそれを自分の声で語る。そしてそれが、私を自由にする」——このメッセージは、フェミニズムやクィアの視点とも深く結びついており、社会のなかで沈黙を強いられてきた人々にとっての“拡声器”となるような、実に力強い楽曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Loudspeaker」は、Katie Gavin(Vo)の個人的な経験、特に性暴力やそれに伴う自己否定、沈黙への圧力に対するカウンターとして書かれたとされており、彼女にとって最も重要な楽曲のひとつである。
Katieはあるインタビューで、「私たちは長い間、“黙っていることが強さ”だと信じてきた。でも、この曲では“語ること”“叫ぶこと”がどれほど解放的で癒しになるかを歌いたかった」と語っている。
また、この曲はLGBTQ+コミュニティ、特にトラウマを抱える若者たちへの連帯の表明でもあり、「恥ずかしさを感じている自分自身を否定するのではなく、それを声に出してもいいんだ」とリスナーに語りかけるように作られている。
音楽的には、爽快で軽やかなシンセポップとギターが絶妙なバランスで共存しており、リリックの痛みを感じさせながらも、サウンド全体にはどこか解放感が漂う。これはまさに、“悲しみの中にある踊り”を具現化したような構造である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Every time I try to say it
It’s never quite enough
言おうとしても、いつも言葉にならない
どれだけ言っても、足りない気がしてしまう
If I feel real bad then I tell the world
Why would I lie about how I’m feeling?
ひどく落ち込んだなら、私は世界に向かって話すよ
どうして自分の気持ちを偽る必要なんてあるの?
And if I feel like crying, I won’t hold back
I’ll cry on the loudspeaker
泣きたい気分のときは、もう我慢しない
私はそのまま泣く——拡声器の前でね
I am only human
And I bleed just like anyone else
私はただの人間
他の誰かと同じように、血を流すことだってある
歌詞引用元:Genius – MUNA “Loudspeaker”
4. 歌詞の考察
「Loudspeaker」が語るのは、自己の感情を“抑える”ことへの拒絶である。社会はしばしば、特に女性やマイノリティに対して「黙っていた方がいい」「感情を出すな」と教えてくる。しかしMUNAはここで、感情の表出そのものを“正義”として掲げている。
「私が泣くのは、誰かに見せるためじゃない。私自身のためなのだ」というこの態度は、被害や痛みの経験を自己の文脈で語り直す行為であり、それがこの曲の本質である。
特に「If I feel like crying, I’ll cry on the loudspeaker」というラインは、痛みをさらけ出すことが恥ではなく、むしろ勇気であるというパラダイムの転換を強烈に提示している。
この曲の最大の強みは、被害者としての声を“パーソナルな物語”に閉じ込めるのではなく、それを“誰かの声の代弁”として機能させている点にある。つまり、これはMUNAだけの痛みではなく、無数の声なき声に対するアンセムでもあるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Praying by Kesha
抑圧からの解放と再生を力強く描いた、痛みを乗り越えるバラード。 - Til It Happens to You by Lady Gaga
被害者としての痛みと孤独を赤裸々に描いた、深い共感と支援の歌。 - Your Best American Girl by Mitski
自己否定と文化的摩擦のなかで、自分自身を取り戻していく心の闘いを描いた名作。 -
Don’t Kill My Vibe by Sigrid
自分の感情を軽んじる社会に対して、自信を持って「NO」を突きつける現代的ポップ。 -
Liability by Lorde
“重たい存在”としての自己を受け入れ、それでも生きていく姿を静かに描いた繊細な一曲。
6. “語ることが癒しになる”と教えてくれるうた
「Loudspeaker」は、黙らされてきたすべての人にとっての“声を取り戻すうた”である。語ることは怖い。感情を表に出すことは不安でしかない。でもそれを乗り越えたとき、初めて「私はこれでよかった」と思える。MUNAはこの曲で、そのプロセスをひとつひとつ音に変えていく。
だからこの曲は、ただのエンパワメント・ソングではない。それは「叫ぶために叫ぶ」のではなく、「語ることが自分を癒すと知っているから」こそ叫ぶのである。そしてその姿を見た誰かが、「私も語っていいんだ」と思える——その波紋こそが、この曲の本当の力だ。
「Loudspeaker」は、傷ついた過去も、弱さも、恥も、すべて声にしていいのだと教えてくれる。感情にフタをせず、それをそのまま音楽にしてもいいのだと。
この曲を聴いたあと、あなたのなかにも“声に出していい感情”がひとつ、見つかるかもしれない。それは、痛みの否定ではなく、痛みを持ったまま生きることの肯定——つまり、今を生きるための音楽なのである。
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