アルバムレビュー:Lodger by David Bowie

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発売日: 1979年5月18日
ジャンル: アートロック、ニューウェーブ、ワールドミュージック


放浪者の視点から見た世界——不安と遊戯の交差点としての『Lodger』

『Lodger』は、David Bowieが1979年に発表したベルリン三部作の最終作にして、最も捉えどころのない異色作である。
『Low』『”Heroes”』がそれぞれ“内面”と“英雄神話”を探求したのに対し、本作では“外界”——つまり、旅行、移動、他者の文化に触れることで生じる異化と混乱をテーマにしている。

本作のBowieは“旅人(lodger)”として世界を見つめ、時に皮肉に、時に滑稽にその姿を切り取る。
プロデュースは引き続きブライアン・イーノとトニー・ヴィスコンティ。
イーノの実験的手法とワールドミュージック的要素(アフリカ、トルコ、中東など)が混ざり合い、ニューウェーブとアバンギャルドの間を縫うような音楽が展開される。

“場所に属さない音楽”というテーマが、楽曲ごとに異なる形式とアイデアで浮かび上がる。
その分、最初は掴みづらい印象もあるが、解体と構築が繰り返される構成の中にこそ、ボウイの本質が滲む。


全曲レビュー

1. Fantastic Voyage
オープニングは不穏な予感を漂わせるミディアムテンポのポップ。
冷戦下の核の恐怖と個人の脆弱さを、日常的な言葉で静かに描写する。

2. African Night Flight
アフリカ旅行中の出来事を題材に、急展開するリズムとスポークンワードのような歌唱が絡む実験的楽曲。
ジョン・レノン的な語り口で、異文化への“困惑”と“滑稽さ”が滲む。

3. Move On
実際に「All the Young Dudes」を逆再生して得たコード進行をもとに作られたトラック。
旅行者の視点から見る孤独と郷愁がテーマで、音的にはサイケデリックな浮遊感を持つ。

4. Yassassin
タイトルはトルコ語で「長生きせよ」の意味。
中東的な旋律とレゲエのリズムが融合した異色作で、文化の交錯点としての音楽を体現している。

5. Red Sails
Neu!へのオマージュとも言われるクラウトロック的トラック。
未来都市と海賊のイメージが交錯し、疾走感と機械性が共存する。

6. DJ
ニューウェーブ的なギターとファンクのリズムが絡み合う、当時の音楽業界やメディアへの皮肉を込めたナンバー。
I am a DJ, I am what I play”というフレーズが、表現者のアイデンティティ不在を映す。

7. Look Back in Anger
感情の爆発と諦念が同時に渦巻く、力強いロックナンバー。
守護天使が現れるというリリックは、神秘性と現実逃避の間に揺れている。

8. Boys Keep Swinging
性別と社会的役割を風刺したグラム回帰的楽曲。
全パートをバンドメンバーが“担当外”で演奏するという遊び心のある実験が施されている。

9. Repetition
家庭内暴力を冷徹な視点で描いた重い内容の曲。
乾いたファンクのリズムが、リリックの冷酷さを際立たせる。ボウイの社会的関心の深さが垣間見える。

10. Red Money
『The Idiot』収録の「Sister Midnight」のリワーク。
歌詞を新たに書き換え、“負の遺産”のようなテーマを暗示する終幕にふさわしい楽曲。


総評

『Lodger』は、旅を続ける者が“どこにも属さない”という不安と自由を同時に抱えながら綴った、ポストモダンな放浪記である。
明確なテーマに収束しない楽曲群、断片的な美しさと奇妙な違和感が共存する構成は、むしろ現代的な感性にこそ響く。

ベルリン三部作の中では最も“地味”とも言われがちだが、その雑多さとアイロニーこそが『Lodger』の魅力であり、
その後のポストパンク、ワールドミュージック、ニューウェーブへの先駆的役割を果たした重要作でもある。

“世界を移動する視点”を持ち、“音楽で国境を超える”という志向は、まさにボウイの芸術的旅の集大成のひとつなのだ。


おすすめアルバム

  • Remain in Light / Talking Heads
    アフロビートとポストパンクの融合。『Lodger』と共振する多文化的コラージュ感。
  • My Life in the Bush of Ghosts / Brian Eno & David Byrne
    異文化サンプリングと電子音楽の先駆的融合作。『Lodger』以降の発展形。
  • Fear of Music / Talking Heads
    不安定な世界感とリズムの歪み。旅と都市をテーマにした作品として共鳴。
  • Scary Monsters (and Super Creeps) / David Bowie
    次作。『Lodger』のアイデアをより鋭利に、よりポップに昇華した作品。
  • The Idiot / Iggy Pop
    『Lodger』にも流れるクラウトロックとソウルの融合を先取りしたボウイ・プロデュース作品。

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