発売日: 2006年5月2日
ジャンル: プロテスト・ロック、ガレージ・ロック、フォーク・ロック
怒りを鳴らせ——Neil Young、再び立ち上がった“反戦詩人”の帰還
『Living with War』は、Neil Youngが2006年に発表した27作目のスタジオ・アルバムであり、アメリカのイラク戦争政策とブッシュ政権に対する怒りを、最もストレートな言葉とラウドな音でぶつけた、現代に蘇ったプロテスト・ロックの決定打である。
たった9日間でレコーディングされたという本作は、即興性と情熱がむき出しのままパッケージされた“音楽による政治声明”。
ドラム、ギター、ベースという最低限の編成に加えて、100人規模の合唱団(“100 Voice Choir”)が重厚なコーラスを重ね、個人の叫びを“民衆の声”へと昇華させている。
これは単なるアルバムではなく、ヤングが「今こそ言わなければならない」と強く感じた社会的責任の表明であり、1960年代の精神を21世紀に蘇らせた“音のデモ行進”である。
全曲レビュー
1. After the Garden
「もし庭の後に何も残らなかったら?」という問いから始まる、環境破壊と戦争批判の序章。ギターの不穏な歪みと合唱が、冷ややかな怒りを湛える。
2. Living with War
タイトル曲。戦時下の日常を生きる“アメリカ市民”の視点から、麻痺する感覚と政治への疑念が歌われる。 リフの反復と合唱の圧力が印象的。
3. The Restless Consumer
メディア、マーケティング、情報操作を鋭く批判するアジテーション。“Don’t need no more lies(もう嘘はいらない)”というフレーズが、時代の空気を鋭く切り裂く。
4. Shock and Awe
イラク戦争初期の軍事作戦名(衝撃と畏怖)をそのままタイトルにした直球批判。荒々しいロックンロールと諷刺的リリックが炸裂する。
5. Families
兵士を送り出す家族たちの視点から歌われるバラード。誇りと痛み、愛と怒りが混ざり合った“感情の交差点”。
6. Flags of Freedom
ボブ・ディランの「Chimes of Freedom」に呼応する、愛国心の虚構を問うプロテスト・フォーク。 “自由の旗”が揺れる中に、皮肉と祈りが入り混じる。
7. Let’s Impeach the President
最もセンセーショナルなトラック。ブッシュ大統領への弾劾を直接的に訴える歌詞と、皮肉たっぷりの音声サンプルが衝撃的。 ヤングの怒りが最も明確に示された一曲。
8. Lookin’ for a Leader
新しい時代を導く指導者を探すというテーマのロック・アンセム。当時のオバマへの期待感を含ませながら、失望と希望の間で揺れる民意を表現。
9. Roger and Out
アルバムを締めくくる静かなバラード。軍人仲間との別れを描いたような内容で、反戦の中に“兵士への敬意”も忘れない。
総評
『Living with War』は、Neil Youngが“静かな語り手”から“時代の声”へと再び変貌した瞬間を記録するアルバムである。
それは音楽という枠を超えて、報道、教育、芸術、そして民主主義の“機能不全”に対する警鐘として鳴り響く。
ヤングはここで政治的中立をかなぐり捨てた。
だがそれは煽動ではなく、真に“人間の良心”に根差した表現であり、歌詞の一行一行に真摯な問いかけが宿っている。
1960〜70年代の反戦フォークが一過性のムーブメントで終わった後も、ヤングは“抗議し続けることの美学”を一貫して体現し続けた稀有なアーティストである。
本作はその精神の最も露骨な、そして力強い証明だ。
おすすめアルバム
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Freedom / Neil Young
社会批判と内省を同時に描いたヤングの復活作。 -
Ohio / Crosby, Stills, Nash & Young
1970年のケント州事件を題材にしたプロテスト・ロックの原点。 -
What’s Going On / Marvin Gaye
戦争、貧困、環境をテーマにしたR&Bの金字塔。 -
American Idiot / Green Day
2000年代ブッシュ政権批判とシンクロする、若者世代の反骨作。 -
The Times They Are A-Changin’ / Bob Dylan
60年代プロテスト・ソングの聖典。『Living with War』の祖型といえる作品。
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