Lila’s Dance by Mahavishnu Orchestra(1973)楽曲解説

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1. 楽曲の概要

「Lila’s Dance(リラの舞踏)」は、1973年にリリースされたMahavishnu Orchestraのセカンド・アルバム『Birds of Fire』の後続作である**『Apocalypse』に収録された楽曲のひとつであり、ジョン・マクラフリン率いるバンドがロンドン交響楽団との共演を取り入れた、壮大なフュージョン音楽の進化形**を体現した作品である。

この曲は、タイトルに「Dance(舞踏)」とあるように、肉体的なリズム感と霊的な浮遊感が共存する独特のテンションを持っており、インド哲学における「リーラ(Lila)=神の戯れ」からインスピレーションを受けている可能性が高い。リラ(Lila)はヒンドゥー思想における神の創造的な遊戯であり、この楽曲もまた、混沌と秩序、即興と構造、精神と技術のダンスとして展開されていく。

2. バンドとアルバム背景

『Apocalypse』は、前作『Birds of Fire』で頂点を迎えた第一期Mahavishnu Orchestraがメンバーチェンジ後に再結成され、ジョン・マクラフリンがクラシック音楽との融合を本格的に追求した一枚である。プロデューサーにはジョージ・マーティンビートルズのプロデューサー)を迎え、Mahavishnu Orchestraの音楽的冒険はさらなる広がりを見せる。

この新体制のラインナップには、以下のような個性派が集結していた:

  • Jean-Luc Ponty:フランス出身のエレクトリック・ヴァイオリンの名手。クラシカルな技巧とジャズの自由さを併せ持つ。

  • Ralphe Armstrong(ベース)

  • Narada Michael Walden(ドラム)

  • Gayle Moran(キーボード)

さらにロンドン交響楽団のアンサンブルと合流することで、「Lila’s Dance」はMahavishnu Orchestraのスピリチュアル・ジャズ×クラシック×ロックという融合を、より豊潤に開花させた一曲となった。

3. サウンドと構造の詳細

「Lila’s Dance」は、約5分半の構成ながら、複数の音楽的エピソードが絶え間なく移り変わる、動的な構造を持っている。以下のようなセクションがある:

イントロダクション:旋律の目覚め

冒頭から印象的なのは、Jean-Luc Pontyによるエレクトリック・ヴァイオリンの軽やかな旋律。それは踊るように、だが同時に儀式的な厳粛さを湛えて空間を描く。旋律はインド古典のラーガのようでもあり、西洋クラシックのフィギュレーションのようでもあり、その中間を自在に行き来する。

メインテーマ:ダンスの具現化

リズムセクションが入ると、曲は一気にテンションを高める。6/8拍子のような浮遊感のあるリズムに乗って、ヴァイオリンとギターが旋律を交換しながら展開する。ここでのギターは極めてメロディアスでありながら、内に秘めた火を感じさせる。

マクラフリンのギターは、スケールとモードを瞬時に横断しながら、自由でありつつも明確な「秩序のなかの混沌」を生み出している。

中間部:ストリングスとの交感

ロンドン交響楽団のストリングスが加わる中間部では、まるでバレエの舞台のような情景が広がる。ここでは即興性よりも構築性が重視されており、クラシック音楽の色彩感と緊張感がMahavishnuのサウンドに新たな影を与える。

このパートは、ダンスというよりも**舞踏劇(ダンス・ドラマ)**と呼ぶにふさわしく、Lilaという名の女神か女精霊が舞い踊る幻視的な世界を想起させる。

終盤:エネルギーの螺旋

楽曲は再び躍動感を取り戻し、ドラムとベースの疾走感が加速していく。ここでのNarada Michael Waldenのドラミングは、リズムの内に情熱と瞑想を同居させる稀有なプレイであり、Mahavishnu Orchestraの**“音のスピリチュアル・トランス”**を象徴する。

終結は決して爆発的ではなく、あくまで舞踏の余韻のなかで静かに閉じられる。まるでLilaが舞い終えたあと、音も沈黙の中に還っていくような感覚である。

4. 精神的・哲学的解釈

「Lila’s Dance」は、インド思想における“リーラ(Lila)”――神の戯れ、すなわち宇宙の創造が遊びの産物であるという概念を音楽で表現した一曲である。ジョン・マクラフリンがシュリ・チンモイの教えを受けていたことを考えると、これは単なるインストゥルメンタルのタイトルではなく、明確なスピリチュアル・テーマを持っていると見るべきだろう。

この「戯れ」は、無秩序ではなく超越的秩序に裏打ちされた遊びであり、それこそがこの楽曲の構成の中に見られる「自由と厳格さの共存」を成り立たせている。

音楽は踊りであり、踊りは祈りであり、祈りは宇宙の波動と通じ合う――そうした思想が「Lila’s Dance」全体に脈打っているのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの楽曲

  • Lotus on Irish Streams by Mahavishnu Orchestra
    アコースティック編成による瞑想的名曲。インド音楽とヨーロッパ旋律が交差する幻想的空間。

  • Dream by Shakti(マクラフリンの別プロジェクト)
    インド古典音楽と即興ジャズの完璧な融合。Lilaの思想をさらに深めた作品。
  • Spring Round by Oregon
    クラシカルな管楽器とインド音楽の融合。踊るように移ろう旋律が共鳴する。
  • The Noonward Race by Mahavishnu Orchestra
    激烈なインタープレイが魅力の初期代表曲。Lilaの激しい一面を想起させる。

6. 女神の舞う音の神殿:Mahavishnuの新たな地平

「Lila’s Dance」は、Mahavishnu Orchestraがロック、ジャズ、クラシック、東洋思想の全てを融合し、神話的な舞踏劇を音だけで描いた芸術作品である。それはテクニックの誇示ではなく、精神と身体の統合としての音楽なのだ。

音が舞い、魂が揺れる。そこにあるのは“神聖な戯れ”であり、世界が今まさに創造されている瞬間のスナップショットである。ジョン・マクラフリンが音に込めた祈りと遊戯は、いまもなお、静かに、しかし確実に、聴く者の内面に触れ続けている。

この曲は、炎のように激しいMahavishnuの中にあって、水のようにたゆたい、光のように舞い、空のように広がる。それが「Lila’s Dance」という神秘的な楽曲の本質であり、Mahavishnu Orchestraが目指した“音による精神世界の顕現”なのである。

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