発売日: 2017年1月27日
ジャンル: インディー・ロック、オルタナティヴ・ロック、パワーポップ
概要
『Life Without Sound』は、Cloud Nothingsが2017年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドが“ノイズ”と“混沌”の殻を一度脱ぎ、よりメロディアスで構造的な方向へと舵を切った作品である。
前作『Here and Nowhere Else』(2014)ではポストハードコア的な爆発力とスピード感が際立っていたが、本作では一転して、より内省的かつ叙情的なトーンが前面に押し出されている。
プロデュースは、John Goodmanson(Sleater-Kinney、Death Cab for Cutieなど)。彼のクリアで整理された音像は、Cloud Nothingsの新しい一面――“聴かせる”バンドとしての顔を引き出している。
とはいえ、これは“マイルドになった”という意味ではない。
本作では、ノイズや叫びを抑制した代わりに、構築美とバンドとしての成熟が感じられるのだ。
アルバムタイトル『Life Without Sound』には、自分の声を持たない人生、あるいは音のない感情の空白といった複数の意味が込められている。
それはつまり、自己の存在を確認するために音楽を必要とする――静けさの中で、逆に音を求めるという逆説的なテーマでもある。
全曲レビュー
1. Up to the Surface
静かなピアノの導入が印象的な、アルバムの幕開け。
少しずつギターとリズムが加わり、やがて高揚していく展開は、まるで水面へ向かって浮上する感覚そのもの。
過去作にはなかった静けさとドラマ性を伴っている。
2. Things Are Right With You
タイトなリフと明快なメロディが特徴的なナンバー。
「Everything is fine when you’re around」と歌うが、その裏には不安と依存の気配が見え隠れする。
軽快なようでいて、どこか鋭い曲調が魅力。
3. Internal World
アルバム中でもっともキャッチーな楽曲の一つ。
内面的な葛藤を描きながら、「I’m not the one who’s always right」と自己否定を吐露する。
リスナーに強い共感を与える“自己矛盾のロックソング”。
4. Darkened Rings
ややダークでグランジ的な響きを持つトラック。
バンドの初期衝動に通じるノイズと、今作のメロディ志向が融合しており、過渡期的な楽曲として位置づけられる。
曖昧な感情を音で編んだような雰囲気がある。
5. Enter Entirely
「I knew peace in the terror of the mind」と歌われるこの曲は、本作の中心的な楽曲。
青春の不安と、そこからの“全人的な”変化を描くような歌詞が印象的で、バンドが精神的にも大きな変化を遂げていることが感じられる。
メロディとリリックの美しい融合。
6. Modern Act
シングルとして先行リリースされた、ストレートなオルタナティヴ・ロック。
「I want a life / That’s all I need lately」と繰り返すこの曲は、まさに“生きることそのもの”を主題にしている。
構造もシンプルで、今作の中では最もポップ。
7. Sight Unseen
幻想的なギターとドラムが絡み合う、ミディアムテンポの一曲。
恋愛や人間関係における“見えないものへの不安”が描かれており、タイトル通り“見えないまま進むこと”の怖さが滲み出ている。
8. Strange Year
突如、暴力的に始まる最もアグレッシブなトラック。
前作の“怒れるCloud Nothings”を思わせる衝動的な展開で、アルバム内でも異質な存在。
「I had a strange year」と吐き捨てるように歌われるフレーズが、鬱屈した1年間の感情を象徴している。
9. Realize My Fate
7分を超えるスロウなクロージングトラック。
繰り返される「I believe in something bigger / But what I can’t articulate」が、人生における信仰と迷いを象徴する。
エモーショナルかつ哲学的な終幕。
総評
『Life Without Sound』は、Cloud Nothingsがこれまで築き上げてきたノイジーで衝動的なスタイルから、より“自覚的で構築された音楽”へと踏み出した作品である。
これは脱エモではなく、むしろ**“成熟したエモ”へのシフト**とも言えるだろう。
本作でのバンドは、爆発よりも持続、破壊よりも構築を選んでおり、曲そのものの完成度を高めることに注力している。
その結果、エモ/インディーの感情性は保たれつつも、リスナーに“寄り添う”ようなトーンが増しているのが印象的だ。
スティーヴ・アルビニのようなエンジニア的プロダクションではなく、John Goodmansonの手腕によって、音は透明度を増し、歌詞はよりくっきりと届くようになっている。
この変化を歓迎するか否かはリスナーによって異なるだろうが、“音のない人生”に抗うための音楽として、本作は深い意味と完成度を持っている。
おすすめアルバム(5枚)
- Cloud Nothings – Here and Nowhere Else (2014)
前作での爆発的テンションが対照的。変化の比較に最適。 - Death Cab for Cutie – Transatlanticism (2003)
感情と構築美のバランスが近い。叙情性を求めるなら必聴。 - Nada Surf – Let Go (2002)
メロディ重視のオルタナティヴ・ロック。ポップさと知性が同居する。 - Jimmy Eat World – Futures (2004)
“成熟したエモ”という観点で共鳴する、洗練されたエモ・ロック。 -
The Get Up Kids – Guilt Show (2004)
初期の衝動と後期のバンドサウンドの狭間で揺れる作品。バルディの美学にも影響を与えた可能性が高い。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Life Without Sound』のレコーディングは、エル・パソ(テキサス州)にあるSonic Ranchスタジオにて行われた。
広大な敷地と、外界から隔絶された環境が、バンドにとって**“自分たちの内面を掘り下げるための空間”**として機能した。
録音時、ディラン・バルディは意識的に「叫ばないヴォーカル」「より明確な構造のある曲作り」を目指したと語っている。
また、John Goodmansonによるクリーンなプロダクションは、初期作品では得られなかった音の精密さと聴きやすさを実現している。
結果として、『Life Without Sound』はCloud Nothingsにとって過去との連続性を保ちつつ、未来を見据えた通過点となった。
“音のない人生”に抗い、再び“音”で自己を確かめようとするその姿は、静かに、しかし確かに響き続けている。
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