Life on Mars by David Bowie(1971)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Life on Mars?」は、現実世界の不条理と空虚さを鋭く風刺しながら、少女の視点を通じて**“夢”や“逃避”の欲望が交錯する超現実的な世界**を描いた、David Bowieの最高傑作の一つである。

歌詞の冒頭に登場するのは、家庭に居場所を見いだせず、映画館で時間を過ごすひとりの少女。彼女は画面の中の物語に慰めを求めるが、そこに映し出されるのは、意味不明な暴力、退屈なアイドル、権力者の道化芝居といった、現実と変わらぬ混沌の縮図である。

彼女は問いかける――「火星に生命はあるの?」と。それは文字通りの科学的関心ではなく、**“この世界ではないどこか”に、本当の生きがいや真実が存在するのではないか”**という、深い絶望と希望の入り混じった問いなのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Life on Mars?」は1971年のアルバム『Hunky Dory』に収録され、のちにシングルカットされた。

この曲の成り立ちは少し皮肉な背景を持っている。Bowieは以前、フランク・シナトラが歌った「My Way」の英語詞を依頼され、試作したものの却下された。その悔しさから、自分なりの「叙情的で壮大な反・バラード」を作ろうとして書かれたのが「Life on Mars?」である。コード進行は「My Way」と似ており、それに乗せてまったく異なる超現実と社会批評を詰め込んだこの曲は、まさにボウイ的な“変身”の産物と言える。

ピアノ・アレンジは若きリック・ウェイクマン(後のYesのメンバー)によるもので、クラシックとポップの狭間を行き来する華麗な展開が、ボウイのボーカルと絶妙に絡み合う。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Lyrics © BMG Rights Management

It’s a God-awful small affair
To the girl with the mousy hair

― 地味な茶髪の少女には、最悪にくだらない出来事

But her mummy is yelling “No”
And her daddy has told her to go

― 母親は怒鳴り、父親は「出ていけ」と言う

But her friend is nowhere to be seen
Now she walks through her sunken dream

― 友だちの姿も見えず、彼女は沈んだ夢の中を歩く

But the film is a saddening bore
‘Cause she’s lived it ten times or more

― 映画は悲しいほど退屈、だって彼女は何度もそれを生きてきたから

It’s about to be writ again
As I ask you to focus on…

― また同じ物語が繰り返される、そのとき僕はこう言う、「注目してくれ」

Is there life on Mars?
― 火星に生命はあるのか?

4. 歌詞の考察

「Life on Mars?」における問い――“火星に生命はあるのか?”は、文字通りの疑問ではなく、**地球=この社会では見つけられない「意味」や「希望」は、他の場所にあるのか?**という、哲学的かつ感情的な探究である。

少女は家にも、社会にも、自分の人生にも居場所を見つけられない。彼女は映画という虚構に逃げ込むが、そこに映し出されるのは、ニュースの暴力、流行のアイドル、政治とメディアの嘘――現実の延長線にすぎない夢のない映像である。

「It’s on America’s tortured brow(それはアメリカの苦悩の額の上に描かれている)」というラインに代表されるように、ボウイはここでアメリカン・カルチャーの空虚さと支配構造の皮肉を鮮やかに描いている。

そして彼女が最後に問いかける「火星に生命はあるの?」というフレーズには、**“この世界ではない、別の場所に自分の存在価値はあるのか”**という切実な願望と、見つからない答えへの痛みが込められている。

その問いは空中に浮かび、答えられぬままに曲は終わる。だが、それこそがこの楽曲の核心――問い続けることこそが希望なのだという、ボウイの詩的信条なのかもしれない。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Eleanor Rigby by The Beatles
    社会から切り離された孤独な存在を描いた短編詩的な楽曲。登場人物の無名性が「Life on Mars?」の少女と重なる。

  • Perfect Day by Lou Reed
    美しいメロディに隠された孤独と破滅の気配。現実と幻想の交錯というテーマで共鳴する。

  • A Day in the Life by The Beatles
    メディアや現実の断片をコラージュしたような構成が、Bowieの社会風刺と似た実験精神を感じさせる。

  • Ashes to Ashes by David Bowie
    Space Oddity」の続編にあたり、自分の過去と向き合う姿を描く。抽象と具体が絶妙に交錯する。

6. 超現実のポップ・アートとしての「Life on Mars?」

この曲は、ポップソングという形式に、詩・社会批評・映画・美術・SFを融合させたアート作品とも言える。

ボウイは“ジギー・スターダスト”以前に、この曲で既に“地球に居場所を見つけられない者たちの代弁者”としてのポジションを築いていた。
少女の視点を借りて描かれる「意味のない社会」は、1970年代初頭のイギリスの階級意識、メディアの影響、若者の疎外感などを鋭く反映している。

そしてこの曲の最大の魅力は、現実逃避の夢を否定せず、むしろその“不完全さ”を詩的に肯定している点にある。

「夢には救いがないかもしれない。でも、夢を見ることをやめたら終わりだ」
そんな切実な感情が、Bowieの張り詰めた歌声、崩れるように広がるコード進行、そして“火星”という象徴的なフレーズに凝縮されている。

「Life on Mars?」は、私たちの現実に鋭い問いを投げかけながら、その答えを詩と音楽で包み込み、今なお星のように輝き続ける曲なのだ。

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