発売日: 1990年8月20日
ジャンル: ポップ・ロック、オルタナティヴ・ダンス、ニュー・ウェーブ
揺れる自由と迷走の入口——Duran Duranが直面した“90年代という坂道”
1990年、時代はMTVの黄金期からグランジの胎動へと移行しつつあった。
そのなかで発表されたDuran Duranの7作目Libertyは、変化の時代に翻弄されるバンド自身の迷いと模索を刻み込んだ、異色かつ過渡的な作品である。
新メンバーとしてギタリストのウォーレン・ククルロとドラマーのスターリング・キャンベルを迎えたこのアルバムは、メンバー全員が作詞作曲に深く関与した初の試みでもあった。
しかしその結果として、方向性のばらつきや音楽的統一感の欠如が指摘されることも少なくない。
とはいえ、LibertyにはDuran Duran特有の耽美的なポップセンスと都市的な退廃美が確かに息づいており、後の復活作The Wedding Albumへの布石とも言える実験が見られる。
このアルバムは失敗作と切り捨てるには惜しく、むしろ“ポップアイドル神話”を終えたバンドが、何者かになろうとした葛藤の記録として読むべき一枚なのだ。
全曲レビュー
1. Violence of Summer (Love’s Taking Over)
先行シングル。キャッチーなメロディとアーバンなビートが印象的。
しかしタイトルとは裏腹に、やや軽さが際立ち、アルバムの方向性を掴みにくくしている。
2. Liberty
アルバムタイトル曲にして、自己解放への欲望がテーマ。
ギターが前面に出たロックナンバーだが、どこかバンドの“迷い”も感じさせる。
3. Hothead
ファンクとロックを掛け合わせた挑戦的なトラック。
皮肉混じりのリリックが光るが、やや過剰なアレンジが賛否を分ける。
4. Serious
本作における隠れた名曲。
繊細なメロディとセンチメンタルな歌詞が絶妙に調和し、The CureやPrefab Sproutを思わせるような抒情性がにじむ。
5. All Along the Water
ミドルテンポのポップ・ナンバー。
都市の夜を思わせる音像だが、全体として印象は薄め。
6. My Antarctica
最も評価の高いバラード。
シンセの淡い質感とサイモン・ル・ボンの内省的なヴォーカルが、失われた関係を美しく描写する。
7. First Impression
グルーヴィーなベースラインと遊び心ある構成が特徴。
タイトル通り“第一印象”は悪くないが、やや未完成感も残る。
8. Read My Lips
80年代的エロティシズムを引きずったような楽曲。
ポップではあるが、時代とのズレが垣間見える。
9. Can You Deal with It
ループ的なリフとダンサブルな展開が印象的。
アシッドジャズのような雰囲気も感じられる、実験色の強い一曲。
10. Venice Drowning
幻想的でアンビエントなイントロから、退廃的なムードへと展開。
“ヴェネチアが沈む”というイメージが、バンド自身の沈降と重なる。
11. Downtown
明るく前向きなエンディング。
90年代的な軽快さを先取りしたようなポップナンバーで、アルバムを軽やかに締めくくる。
総評
Libertyは、Duran Duranにとっての“自由”の代償を赤裸々に示したアルバムである。
自らの神話を終わらせ、新しいサウンドとメンバーとともに再出発を試みたものの、その自由は時に方向性の散漫さとアイデンティティの曖昧さを生むことになった。
だが、その試行錯誤の過程こそが、やがて訪れる再評価の土壌となる。
特に「Serious」「My Antarctica」といった楽曲には、90年代のサウンドへの移行を感じさせる先見性があり、今だからこそ再評価されるべき余白がある。
Libertyは、“時代から自由になること”の難しさと、それでもそこに向かおうとする意志を刻んだ、誠実な迷走の記録なのだ。
おすすめアルバム
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The Seeds of Love by Tears for Fears
——ポップと複雑さの融合。時代の移ろいを受け止めた90年代直前の傑作。 -
Behaviour by Pet Shop Boys
——控えめながら深い感情を湛えたバラード中心の名盤。Libertyと精神的共鳴あり。 -
Disintegration by The Cure
——耽美と内省の極北。My Antarcticaに近い音世界。 -
The Wedding Album by Duran Duran
——混迷を経て復活した彼らの真骨頂。Libertyからの劇的な回帰作。 -
Colour of Spring by Talk Talk
——ポップの外縁に滲む叙情と実験。Duran Duranの変化と通じる空気感を持つ。
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