
発売日: 1991年10月14日
ジャンル: ダンスポップ、R&B、ニュー・ジャック・スウィング、ソウル
変身するポップ・ドール——“カイリー像”を塗り替える静かな実験作
Kylie Minogueにとって4作目となるスタジオ・アルバムLet’s Get to Itは、彼女の“アイドル時代”の終焉を静かに告げる作品である。
それは、音楽的にもビジュアル的にも明らかだった。
プロデュースは引き続きStock Aitken Waterman(SAW)が担当したが、その音はかつてのユーロポップから脱却し、アーバンR&Bやニュー・ジャック・スウィング的な要素を積極的に取り入れたものへと進化していた。
歌声は低音域に重心を置き、ヴォーカルもぐっと成熟。
ソウルフルなニュアンスを含んだ楽曲が並ぶ本作は、必ずしもヒットチャートを席巻するタイプではなかったが、カイリーの“アーティストとしての進化”を証明する一歩となった。
同時に、商業的にはこれまでの三作に比べてやや苦戦し、SAW体制の終焉も見え始める節目の作品でもある。
“Let’s get to it(さあ始めよう)”という宣言には、彼女自身の意志がほのかに込められていたのかもしれない。
全曲レビュー
1. Word Is Out
ヒップホップビートとストリングスが絡む、当時としてはかなり先鋭的なオープニング。
「うわさは広まってる」という歌詞が、カイリー自身の変化を逆手に取ったかのよう。
2. Give Me Just a Little More Time
Chairmen of the Boardの1970年のヒット曲をソウルフルにカバー。
オリジナルのグルーヴ感を活かしつつ、カイリーの柔らかな声が新しい命を吹き込んでいる。
3. Too Much of a Good Thing
セクシュアルなムードが漂うミッドテンポのR&Bナンバー。
大胆な歌詞と艶のあるアレンジが、それまでのイメージを大きく覆す。
4. Finer Feelings
繊細なメロディと大人びたリリックが印象的なバラード。
「肉体以上の関係」を求める歌詞は、彼女の内面表現への関心の高まりを感じさせる。
5. If You Were with Me Now (feat. Keith Washington)
R&Bシンガー、キース・ワシントンとの本格的なデュエットバラード。
静謐なサウンドと互いを引き立て合うヴォーカルが、成熟したラブソングとして高く評価された。
6. Let’s Get to It
アルバムタイトル曲。グルーヴィーなリズムとコーラスが重なり合うアーバンポップ。
恋愛関係の「本題に入ろう」という意味深なタイトルが、内省と欲望の狭間を描く。
7. Right Here, Right Now
軽快なビートと、前向きなメッセージが融合するダンスポップ。
シンプルながら、アルバム全体のトーンを引き上げる役割を果たしている。
8. Live and Learn
恋愛から学び、前を向いて生きるというテーマを力強く歌うポップナンバー。
彼女の“失恋ソング”としても評価が高い。
9. No World Without You
哀しみをじわじわと湛えたバラード。
ピアノとストリングスの静けさが、失恋の余韻をより深く響かせる。
10. I Guess I Like It Like That
クラブ調のビートが炸裂する、ハウス/ダンスナンバー。
カイリーのアンダーグラウンドな側面が顔を出す、意外性に満ちたトラック。
総評
Let’s Get to Itは、Kylie Minogueが“アイドル像”という殻を破り、アーティストとしての輪郭を描き始めた作品である。
それは決して派手な脱皮ではなく、内側から静かに起こる変化だった。
ユーロポップの定型から逸脱し、ブラックミュージックへの接近、歌詞テーマの深化、音像の成熟——そのどれもが、彼女の未来の姿を予見させる。
このアルバムの発売後、彼女はSAW体制を離れ、自らの表現を開花させていく。
Let’s Get to Itは、その岐路における静かな決意と試みの記録なのだ。
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