Last Train Victoria Line by Voices(2014)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Last Train Victoria Line」は、イギリスのエクスペリメンタル・ブラックメタルバンド、Voicesが2014年にリリースしたコンセプトアルバム『London』のラストを飾る楽曲であり、都市の孤独と精神崩壊、そして帰るべき場所のない人間の“終電後”の心象風景を、凍てつくようなサウンドと語りで描いた深遠な終末詩である。

タイトルの「Victoria Line(ヴィクトリア線)」はロンドンの地下鉄路線であり、特に夜遅くに都心部から郊外へと移動する人々の“現代的な帰路”を象徴している。「Last Train」はその最終便であり、そこには日常の終わりと、“一日”の死のような象徴的意味合いが込められている。だが、この曲では、その終電に“乗れなかった”人物が描かれている。

歌詞は、語り手の内的独白と都市の音響が交錯する構成であり、絶望、虚無、性、死、自己解体といったVoicesの一貫したテーマが、より私的で抑制された形で結実している。これは単なる“メタルの終曲”ではなく、都市における精神の孤独死を描いたポエティックなエピローグである。

2. 歌詞のバックグラウンド

『London』は、ロンドンという都市を舞台に展開される実存的かつ退廃的なコンセプトアルバムであり、一人の人物が喪失と快楽、自傷と神経症のあいだをさまよい、最終的に“自己の崩壊”へと向かっていく物語を描いている。

「Last Train Victoria Line」はその最終曲であり、アルバム全体の物語を締めくくる最も静かで、最も絶望的な瞬間を象徴する楽曲である。それまでに炸裂したブラックメタル的爆発とは一線を画し、ここではミニマルなピアノ、ドローン的ギター、そして語りに近いヴォーカルによって、まるで“死後の空間”が描かれているかのような静寂と虚無が支配する。

この曲は、都市の地下鉄という具体的な場所を通じて、“終着点にすらたどり着けない人間”の姿を切実に浮き彫りにしている。この「ヴィクトリア線の終電に乗り遅れた男」は、架空のキャラクターであると同時に、Voicesが描く“現代都市に生きる我々自身”の暗喩でもある。

3. 歌詞の抜粋と和訳

Voicesの楽曲は正式な全歌詞が公開されていないが、「Last Train Victoria Line」は語り口調のパートが多く、リスニングベースでの推定から、以下のような印象的なラインが抽出されている。

The platform is empty
プラットフォームは空っぽだ

And I have nowhere to go
私は行くあてもない

I missed the last train
終電を逃してしまった

She said she’d be waiting
彼女は「待ってる」と言っていたけれど

But no one’s there
でも、そこには誰もいなかった

All I hear is the humming of the city
聞こえるのは、街のうなり声だけ

And I feel like I’m disappearing
私は今、消えていくような気がする

※出典:アルバム音源に基づく非公式推定。公式歌詞は未公表。

4. 歌詞の考察

「Last Train Victoria Line」の歌詞は、物語の最後の瞬間に主人公が都市の中で完全に孤立する様子を描いている。語り手は“終電を逃した”ことで、物理的にも比喩的にも帰る場所、待っている人、意味のある関係性をすべて失っている。その喪失の瞬間が、異様なまでに冷静で静かなトーンで語られることにより、逆にその絶望感が鋭く心に突き刺さる

「She said she’d be waiting」という一節は、過去に存在したかもしれない恋人や救済者の存在を仄めかすが、その言葉は裏切られ、実際には誰もいない。「All I hear is the humming of the city(街のうなり声だけが聞こえる)」というラインは、都市が生者にも死者にも無関心であることを強調しており、主人公の“孤独死的存在感”を際立たせている。

「I feel like I’m disappearing(消えていくような気がする)」という最終的なモノローグは、自己喪失の極地であり、これはまさにVoicesの世界観——都市の中での匿名性、無意味性、感情の蒸発——を象徴する言葉である。

この楽曲は、もはや音楽というより**“存在の最終ログ”**のように機能しており、言葉やメロディではなく“空気の重さ”によって、喪失という感情を直接的に体感させてくる稀有な作品である。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Cold World by Godflesh
    都市の無機質さと精神的飢餓を描いたインダストリアル・メタルの原点。

  • Like Rats by Swans
    肉体性と存在の虚無を重低音で叩きつける破滅的アートロック。
  • Despair by Planning for Burial
    孤独と自傷の精神風景を描いたローファイ・ドゥームの傑作。

  • The Day the World Went Away by Nine Inch Nails
    静けさと怒りが交錯する、喪失の心理を描いたインダストリアル・バラード。

  • Night by Zola Jesus
    終末的都市の夜を舞台にした、美しく悲壮なポストゴシック・エレクトロ。

6. “誰にも見送られない終着点”——「Last Train Victoria Line」が描く都市の孤独死

「Last Train Victoria Line」は、Voicesのアルバム『London』の結末として、都市の虚無と個人の崩壊を極限まで引き延ばしたような作品である。これは、劇的な破滅ではなく、誰にも知られることなく静かに“消えていく”という最も現代的な死の形を描いている。

この曲が強く響くのは、そこに“ドラマ”や“美しさ”がないからこそである。語り手はただ、最後の電車を逃し、誰にも会えず、都市の機械的なノイズの中で、そっと自分を失っていくだけ。その無力さ、無意味さこそが、Voicesが提示する**“ロンドンという都市の本当の顔”**なのだ。

「Last Train Victoria Line」は、出口のない現代都市に生きる者たちの心の奥底にある、名もなき恐怖と悲しみを鋭く言語化した楽曲であり、メタルというジャンルを超えて、“現代詩”としても通用する深い作品である。静寂の中で消えていく音と声は、きっとどこかで、あなた自身の孤独とも重なるだろう。

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