発売日: 1986年7月21日
ジャンル: シンセ・ロック、ニュー・ウェイヴ、アート・ロック
着水か、墜落か——Neil Young、80年代の電子海をさまよった迷走と挑戦の記録
『Landing on Water』は、Neil Youngが1986年にリリースした15作目のスタジオ・アルバムであり、シンセサイザー、ドラムマシン、エコー処理など、当時のニュー・ウェイヴやポップ・ロックの潮流を大胆に取り入れた“異端的80sニール”の極北作品である。
前作『Old Ways』のカントリー路線から一転、本作では硬質で非人間的な電子音、人工的なリズム、コンプレッションの効いたプロダクションを全面に押し出し、まるで80年代の“工業都市”に迷い込んだニール・ヤングがそこから脱出を試みているかのようなサウンドになっている。
評価は賛否両論——というより否が圧倒的だったが、アーティストの“模索と錯誤”の過程そのものが音源化された貴重なドキュメントとも言える。
全曲レビュー
1. Weight of the World
煌びやかなシンセと跳ねるようなリズムで幕を開けるが、「世界の重さ」というテーマとの不釣り合いな軽さが逆に不穏。 ヤング流の逆説的ポップ・チューン。
2. Violent Side
歪んだギターと冷たい打ち込みドラムが交錯するニュー・ウェイヴ調ロック。内に秘めた怒りと暴力性を抑制的に吐露する一曲。
3. Hippie Dream
クロスビー、スティルス&ナッシュを暗に批判しているとも言われる、“かつての夢”への哀悼と決別。 歪んだベースラインが中毒的。
4. Bad News Beat
もっとも80年代ポップ・ロックに接近したナンバー。良くないニュースばかりが耳に届く現代社会への軽妙な皮肉。
5. Touch the Night
荘厳なイントロと壮大なサウンドで構成されるドラマティック・ロック。ニールの中で未整理な感情が炸裂するような、混沌の一曲。
6. People on the Street
社会的無関心と都市の孤独を描いたアップテンポ・ナンバー。軽快なサウンドの裏に、社会への不信と諦めが滲む。
7. Hard Luck Stories
ハードボイルドな語り口が印象的。不運と皮肉が交差する“都会の寓話”のような一編。
8. I Got a Problem
ボコーダー気味のヴォーカルと不安定なメロディが特徴。“問題がある”と繰り返す歌詞に、精神的不安定さと現代的アイロニーが漂う。
9. Pressure
アルバム中最も緊張感のあるエネルギッシュなロックナンバー。“プレッシャーに潰されるな”というメッセージが、かえって追い詰めるような奇妙な構造。
10. Drifter
ラストはややスロウテンポで終わる実験的トラック。“放浪者”というテーマは、アルバムの自己像を静かに結ぶ。
総評
『Landing on Water』は、Neil Youngというアーティストが80年代の音楽潮流に対して必死に格闘し、あえて不格好に“時代に接続しようとした”過程の産物である。
決して洗練された作品ではない。むしろ、古くからのファンを困惑させ、新しいリスナーを獲得できなかった“過渡期の音”かもしれない。だがそこには、創作する者が避けて通れない“試行錯誤”と“ズレ”の美学がある。
ヤングが後年語ったように、この時代の音楽は「孤独なサーフィン」だった。荒波のなかで必死にバランスを取ろうとする彼の姿が、このアルバムのすべての音に宿っている。
おすすめアルバム
- Trans / Neil Young
電子音と個人的テーマが融合した本作の前段。ヤングの“機械時代”の原点。 - So / Peter Gabriel
80年代のテクノロジーと人間性を美しく接続した成功例。『Landing on Water』の裏側。 - Scary Monsters / David Bowie
ニュー・ウェイヴ以降のポップとアートのせめぎ合い。迷いと更新が共通する。 - Mirror Ball / Neil Young & Pearl Jam
混沌を経て“轟音”へと帰還したヤングの1990年代版カウンター。 - Big Science / Laurie Anderson
テクノロジー、言葉、社会を融合した冷静かつ情熱的な前衛ポップ。80sの知的混乱を美しく描く。
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