発売日: 2017年4月21日
ジャンル: ブリットポップ、オルタナティヴ・ロック、インディーロック
概要
『Kicking Up the Dust』は、Castが2017年に発表した6枚目のスタジオ・アルバムであり、
再結成後の彼らが“過去の栄光”にすがるのではなく、現在形のバンドとして再構築しようとする意志に満ちた一作である。
制作はジョン・パワーの自主レーベルで進められ、プロデュースはかつてThe Verveのギタリストだったサイモン・トングが担当。
そのため、90年代のUKロックのDNAを受け継ぎつつも、より現代的で洗練されたサウンド・プロダクションが特徴的となっている。
タイトルの「Kicking Up the Dust(埃を蹴り上げる)」という言葉には、
停滞を打破するエネルギーや、忘れられたものをもう一度呼び起こすニュアンスが込められており、
過去と現在を繋ぎながら、再び動き出すバンドの決意が投影されている。
全曲レビュー
1. Kicking Up the Dust
アルバムの幕開けを飾るタイトル曲。
疾走感あるギターリフと爽快なメロディが光る、“始まり”と“再生”を告げる代表曲。
歌詞には“風を起こせ、埃を立てろ”という、停滞に抗うバンドの姿勢が映し出される。
2. Roar
直球のロックンロール。
“自分の声を轟かせろ”というリフレインは、キャリアを経た者だからこそ出せる本気の咆哮。
3. Do That
ブルージーなイントロと跳ねるリズムが特徴的。
反復する“Do that”のフレーズが印象的で、衝動性と意思を交差させたシンプルなナンバー。
4. Further Down the Road
人生の道のりを描いた、フォーキーで温かなミディアムテンポ。
“まだ終わっていない旅”を静かに受け入れながらも進む姿勢が描かれる。
5. Paper Chains
“紙の鎖”というタイトルが示すように、脆くも縛られているような人間関係や社会構造を風刺する一曲。
しなやかなギターアレンジと控えめなコーラスが繊細な印象を与える。
6. Birdcage
自由と抑圧をテーマにした象徴的楽曲。
“鳥かご”は比喩として使われ、自己解放と内省のバランスを探る内容。
7. Every Little Thing You Do
ジョン・パワーのメロディメイカーとしての資質が光る、純度の高いギターポップ。
ラヴソングの形式をとりながらも、“変わらないものへの信頼”が歌われている。
8. Baby Blue Eyes
穏やかなギターの響きと語りかけるようなボーカルが印象的なバラード。
タイトル通り、誰かの瞳に宿る無垢さや愛しさを、非常にパーソナルに描いている。
9. How Can We Lose
希望と諦念のあいだを行き来する、内省的なロックナンバー。
“どうやって負けることなんてできる?”という問いかけに、人間らしい脆さと強さが同居する。
10. Clear Blue Water
アルバムの終盤を彩るスケールの大きなナンバー。
“澄んだ青い水”は癒しや再生のメタファーとなり、未来への通過儀礼のように響く。
11. Out of My Hands
“もはや自分の手を離れた”という諦観と希望の入り混じった最終曲。
Castというバンドが進んできたすべてを一旦手放し、次の一歩へ向かうような静かな決意を感じさせる。
総評
『Kicking Up the Dust』は、Castが“再結成後の存在意義”を問う中で辿り着いた、静かなる自信と覚悟のアルバムである。
往年のブリットポップ的なギターポップの親しみやすさは健在だが、
そこにはもはや過剰な青臭さもノスタルジーもなく、落ち着いた熟練と、“今の声”としてのリアリティが通底している。
サイモン・トングのプロダクションにより、音像はより洗練され、
バンド・アンサンブルも“ロックの魂”を中心に置きながら、軽やかさと抒情を兼ね備えた仕上がりとなっている。
“埃を蹴り上げる”という言葉に象徴されるように、
このアルバムは、何かを破壊するのではなく、動かすためのエネルギーを込めた作品であり、
それは時代の激変に押し流されず、自らの歩幅で進み続けることの大切さを静かに示している。
おすすめアルバム
- Ride / Weather Diaries
90年代バンドの再結成後における、成熟と新たな感性の融合。 - Paul Weller / Saturns Pattern
円熟した音楽家によるソウルフルで現代的なロックの再構築。 - Ocean Colour Scene / Painting
地に足のついたロックと歌心を大切にした同世代の再起作。 - James / Girl at the End of the World
豊かなメロディと人生経験を反映した中堅UKバンドの現代的進化。 -
The Charlatans / Modern Nature
ブリットポップ世代が再び今の時代と響き合った美しい再生記録。
歌詞の深読みと文化的背景
『Kicking Up the Dust』における歌詞は、大きな声で主張するというより、
“静かに、しかし確実に心に残る言葉”で構成されているのが特徴である。
“Birdcage”や“Paper Chains”では、自由と束縛、自己認識の複雑さを比喩的に描き、
“Further Down the Road”や“Out of My Hands”では、時間の流れと向き合うことの肯定的側面が強調されている。
全体として、“成功”や“勝利”ではなく、
“歩み続けることそのものに意味がある”という価値観が言葉に宿っており、
それは2010年代に再び立ち上がるバンドが持ちうる、唯一無二の誠実な視線と言えるだろう。
『Kicking Up the Dust』は、音楽に再び命を与えること、
そして“埃まみれでも進み続ける覚悟”を、美しいギターと穏やかな歌声に込めた一枚なのである。
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