
1. 歌詞の概要
「She’s Lost Control(シーズ・ロスト・コントロール)」は、イギリスのポストパンク・バンド、Joy Division(ジョイ・ディヴィジョン)が1979年に発表したアルバム『Unknown Pleasures』に収録された楽曲であり、バンドの中心人物であるイアン・カーティスの精神と肉体の苦悩が如実に刻まれた、象徴的かつ予言的な一曲である。
タイトルの「She’s Lost Control(彼女はコントロールを失った)」は、物理的・精神的な崩壊を暗示するものであり、歌詞はてんかんの発作を起こした女性の姿を通して、個人が自己の制御を失っていく恐怖と孤独を描いている。同時に、それはイアン・カーティス自身が抱えていたてんかんという病と、それに伴う不安や自己崩壊の恐怖を投影した、自己の内面と向き合う歌でもある。
“彼女”という三人称を通して語られるこの物語は、実は“僕”のことかもしれない。その語り口には、共感と観察、そしてどうすることもできない無力感が共存している。
それゆえこの曲は、単なる個人の病の描写にとどまらず、社会の中で静かに孤立しながら壊れていく“存在そのもの”の悲哀を刻み込んでいる。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲の直接的なインスピレーションは、イアン・カーティスがマンチェスターの社会福祉事務所で働いていた頃、支援をしていた若い女性がてんかん発作を起こし、その後まもなく亡くなったという出来事に基づいている。イアン自身もまた当時、てんかんを患っており、その症状が進行するなかで自分自身の未来をその女性に重ね合わせるようになっていった。
「She’s Lost Control」は、そうした実体験と内面の恐怖が交錯して生まれた、極めて個人的で、かつ普遍的な作品である。
そして皮肉にも、その後イアンは公演中に発作を起こすこともあり、精神的にも肉体的にも追い詰められた末、1980年に23歳で自死を遂げる。
その背景があることで、この曲は**“自らの死を予感した者による黙示録”のような重み**を持つに至った。
音楽面では、バンドのベーシストであるピーター・フックの鋭利なベースラインと、スティーヴン・モリスのメカニカルなドラムビートが全体の不安定さを加速させ、マーティン・ハネットによるプロデュースによって、無機質で冷ややかな音像が完成している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Joy Division “She’s Lost Control”
Confusion in her eyes that says it all
She’s lost control
彼女の目には混乱が浮かんでいた
それがすべてを物語っていた
彼女はコントロールを失ってしまった
この冒頭は、何も語らなくとも、目に現れた“混乱”という感情だけで破綻の予兆が感じ取れる、静かな恐怖の描写である。
And she screamed out, kicking on her side
And said, I’ve lost control again
彼女は叫びながら横たわり、足を蹴り上げた
そして言った、「またコントロールを失ってしまった」と
ここでの“コントロール”とは、身体の動きだけでなく、精神、感情、人生そのものの制御権を指している。
その喪失は“病”であると同時に、現代社会における個の無力さの象徴でもある。
And she turned around and took me by the hand
And said, I’ve lost control again
彼女は振り返って僕の手を取った
そして言った、「また、制御できなかった」と
この一節では、突然の親密さが描かれる。“彼女”は語り手の手を取り、心の内を打ち明ける。
それは共感を求める動作であると同時に、その瞬間にしか成り立たない脆いつながりを象徴している。
4. 歌詞の考察
「She’s Lost Control」は、Joy Divisionの中でも最も直接的に“喪失と崩壊”を描いた楽曲であり、同時にイアン・カーティス自身の“未来の予言”のような側面も持っている。
この歌が心に突き刺さるのは、それが誰かの物語ではなく、すべての人間が持つ「コントロールを失う瞬間」への恐れに通じているからだ。
“コントロールを失う”というテーマは、精神疾患や病気だけでなく、人生の偶発性、社会からの孤立、感情の爆発、愛の終わり、死の予感など、さまざまな側面に広がっている。
それをイアンは、恐怖ではなく冷静な語り口で記述することで、かえって現実の不安定さをより強く伝えることに成功している。
また、“She”という三人称の使用も重要だ。これは語り手と“彼女”の間に距離を設けるが、同時に語り手自身が“彼女”に同化しつつあることを示唆している。
他者に見えて、自分自身。その揺らぎが、イアンのアイデンティティの脆さと分裂性を表している。
音楽的にも、この曲はベースラインが先導する異常な構造、冷ややかで無感情なドラム、そして囁くようなイアンの歌声によって、感情を爆発させるのではなく“凍結”させることに成功している。
これはポストパンクというジャンルの美学であり、Joy Divisionがその中心にいた理由でもある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Isolation” by Joy Division
人間関係と社会からの切断を描いた、冷静かつ孤独なポストパンクの名曲。 - “The Eternal” by Joy Division
喪失と死、そして静かな祈りを感じさせる、彼らの中でも最も内省的な一曲。 - “Warm Leatherette” by The Normal
人間とテクノロジーの融合を不気味に描いた、無機質なエレクトロ・クラシック。 - “Dead Souls” by Joy Division
亡霊のように過去を引きずる人間の苦悩を描いた、魂の深部への探求。 -
“All Cats Are Grey” by The Cure
音と静寂の間に生まれる感情の余白を描いた、ポストパンク的内省の極致。
6. 自己と世界の接続が失われるとき──“崩壊”を見つめるまなざし
「She’s Lost Control」は、愛や社会、夢や希望といった“構造”が崩れていく瞬間を冷静に見つめながら、その背後にある“私たち自身の脆さ”を描く歌である。
イアン・カーティスは、自らの病や痛みを“暴露”するのではなく、“記録”としてこの曲に残した。
それは、感情のドラマではなく、現実の断片としての崩壊の音だった。
そして私たちはこの曲を聴くことで、決してドラマチックではない、でも**確かに迫り来る「喪失の気配」**に触れることになる。
それは、人生における静かな地滑りのように、いつか誰にでも訪れるものなのだ。
「She’s Lost Control」は、制御できないものと共に生きるすべての人へ贈られた、痛みと理解のポストパンク賛歌である。
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