John Barleycorn Must Die by Traffic(1970)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

「John Barleycorn Must Die(ジョン・バーリーコーン・マスト・ダイ)」は、イギリスのロックバンドTraffic(トラフィック)が1970年に発表した同名アルバムのタイトル曲であり、彼らの音楽的方向性の転機を象徴する作品である。この曲はオリジナルの創作ではなく、イングランドの古い民謡に基づいたトラディショナル・ソングであり、スティーヴ・ウィンウッドとジム・キャパルディ、クリス・ウッドの三人によってアレンジされ、現代的なフォーク・ロックの枠組みで再構築された。

歌詞には“John Barleycorn”という人物が登場するが、これは架空の人物ではなく大麦(barley)を擬人化した象徴的存在である。彼は春に種をまかれ、夏に成長し、秋には刈り取られ、最終的に酒――すなわちウイスキーやビールとなって人々の心を満たす。その人生(栽培から醸造まで)をまるで殉教譚のように描いた寓話的詩篇となっている。

つまりこの曲は、農業と生命の循環、収穫と犠牲、そして酒を媒介とした人間の営みを宗教的・神話的な比喩で描いた叙事詩でもある。自然の摂理に対する畏敬と共に、我々人間が享受する“恵み”の裏にある“死と再生”の物語を静かに語りかけてくるのである。

2. 歌詞のバックグラウンド

Trafficは1969年の一時解散を経て、スティーヴ・ウィンウッドのソロ・プロジェクトとして再始動しようとしていたが、最終的に再びバンドとして動き出し、その結果生まれたのが1970年のアルバム『John Barleycorn Must Die』である。本作は彼らにとって初めて**ジャズ、フォーク、プログレッシブ・ロックを横断する本格的な“英国的音楽融合”**への挑戦となった。

「John Barleycorn Must Die」の原曲は、17世紀までさかのぼる伝承歌であり、ロバート・バーンズを含む多くの詩人や民衆歌手によって時代ごとに語り継がれてきた。Trafficはこの古い素材に、新たな命を吹き込み、アコースティック・ギター、フルート、マンドリンといった牧歌的な楽器編成で、深い精神性と美しい響きを与えた。

彼らがこの曲を選んだのは偶然ではない。ロックが商業化・機械化されつつあった時代において、自然との交感や内面的な省察を音楽に取り戻そうとする意志がそこにはあった。そしてその試みは、1970年代の英国フォーク・ロックの流れにおいても、重要な転換点となったのである。

3. 歌詞の抜粋と和訳

There were three men came out of the west
西の国から三人の男がやって来た

Their fortunes for to try
運命を切り開くために

And these three men made a solemn vow
彼らは神聖な誓いを立てた

John Barleycorn must die
ジョン・バーリーコーンを殺さねばならぬ、と

They ploughed, they sowed, they harrowed him in
彼を耕し、種をまき、土に埋めた

Threw clods upon his head
頭の上に土をかぶせて

And these three men made a solemn vow
そして再び誓ったのだ

John Barleycorn was dead
ジョン・バーリーコーンは死んだのだ、と

(参照元:Lyrics.com – John Barleycorn Must Die)

歌詞の語り口は冷静で淡々としているが、その裏には命を育て、殺し、そして恵みに変える人間の原初的な儀式の重みが潜んでいる。

4. 歌詞の考察

この曲が描くのは、単なる植物の成長と収穫のプロセスではない。そこには**生と死のメタファー、自然と人間の関係、そして酒という文化的生成物に宿る“神性”**が織り込まれている。

“ジョン・バーリーコーン”が「耕され、刈られ、殺され、砕かれ、搾られ、火にかけられる」という一連の過程は、まるで殉教者の受難の物語のように語られており、その中には自然の命を人間の糧に変えるという“共犯的”な構造が垣間見える。

また、酒というものが単なる嗜好品でなく、人間の精神や共同体、宗教儀礼において重要な役割を果たしてきたことを踏まえれば、この歌詞はむしろ文明そのものに対する深い洞察を含んでいるとさえ言える。

Trafficはこの古典的民謡に、現代的な内省のレイヤーを重ね、ただの民俗風ロックにとどまらない深遠な作品へと昇華させた。歌詞の背後にあるテーマ――犠牲と恵み、破壊と再生、自然と人間の共依存関係――は、今なお現代の問題にも通じる普遍性を持っている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Matty Groves by Fairport Convention
     英国伝承曲をエレキとフィドルで鮮やかに蘇らせたフォーク・ロックの古典。
  • The Battle of Evermore by Led Zeppelin
     神話的世界観とアコースティック楽器による叙事的構築が見事な楽曲。
  • Who Knows Where the Time Goes? by Sandy Denny
     自然と人間の時間感覚を、詩的に描き出すフォーク・バラードの名作。
  • A Hard Rain’s A-Gonna Fall by Bob Dylan
     寓話的な歌詞と預言的語りによって、社会への問いかけを重ねるフォークの金字塔。
  • The Trees by Rush
     擬人化された木々を通じて自由と秩序の対立を描くプログレッシブ・ロックの秀作。

6. “自然との対話としての音楽”

「John Barleycorn Must Die」は、単なるフォーク・リバイバルの一環ではない。それは、人間が自然とどう向き合うか、そして“摂取する”という行為の倫理的側面を音楽として思索する試みでもある。

酒は歓びであり、悲しみの友でもある。その源である大麦の擬人化は、私たちが日々何気なく享受している“恵み”の裏にある犠牲の記憶を想起させる。Trafficはこの寓話を借りて、モダンな社会の中に失われつつある“命とつながる感覚”を静かに呼び起こしているのだ。

風にそよぐ麦の音を、痛みと共に、敬意と共に、そして歌として受け取る――「John Barleycorn Must Die」は、人間の営みを根源から見つめ直すことを促す音楽の儀式である。そしてそれは、現代においてもなお、心を深く揺さぶる力を持ち続けている。

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