
発売日: 2022年6月10日
ジャンル: ネオソウル、ジャズ・ポップ、R&B、オルタナティブ・ソウル
概要
『It’s Not Me, It’s You』は、ロンドン出身のシンガーソングライター/ギタリスト、Maya Delilah(マヤ・デリラ)が2022年にリリースした2作目のEPであり、恋愛の終焉、自己肯定、そしてウィットに富んだ感情のコントロールを、より成熟した音楽性で描き出した作品である。
タイトルに込められた皮肉めいた言い回し──「私のせいじゃない、あなたのせいよ」──は、恋愛をめぐる“自己犠牲”の逆転を象徴しており、全編を通してMayaらしいユーモアと自己主張がしっかりと息づいている。
音楽的には前作『Oh Boy』に続き、スムースなギターとリラクシングなボーカルを基軸としながらも、よりR&Bやジャズの洗練を増し、ミドルテンポからバラードまで、情緒の振れ幅が大きくなっている。
全曲レビュー
1. Needy
柔らかなジャズ・コードとスウィンギーなビートに乗せて、“重たい女”とラベリングされた自己像を軽やかに笑い飛ばす。
“Maybe I am needy, but maybe you were greedy”というフレーズが痛快で、自己肯定と皮肉の絶妙なバランスが魅力。
2. Pretty Face
外見重視の恋愛関係に疲れた主人公が、見た目だけを褒める相手に“中身も見て”と訴えるナンバー。
ファンキーなギター・リフと、耳に残るコーラスワークが印象的で、ライブ映えするエネルギーに満ちている。
3. I Can Do It Myself
“あなたがいなくても私はやれる”という自立の宣言を、優しいコード進行と包み込むような歌声で描く一曲。
フェミニズム的視点も込められており、静かな強さが宿る。
間奏のギター・ソロは、まるで“言葉のいらない自己紹介”のように鮮やか。
4. I Got a Thing for You
恋に落ちた瞬間の甘く、少し不安定な気持ちを、メロウなR&Bグルーヴで包み込む。
Mayaのヴォーカルはここで最も繊細で、ギターはまるでささやきのように寄り添う。
“Just a thing, not a plan”というリリックが軽やかで、恋の始まりの浮遊感をよく捉えている。
5. Don’t Be So Hard On Yourself
EPのクロージングにふさわしい、内省的で優しい楽曲。
自分を責めてしまう誰かへ向けた、そっと背中を押すようなメッセージ・ソング。
ピアノを中心としたアレンジに、控えめなギターが重なり、深夜に一人で聴きたくなるような温かさを持つ。
総評
『It’s Not Me, It’s You』は、Maya Delilahが“ガールズ・ブルース”の語り部としてだけでなく、“自己を愛するためのポップ”を体現するアーティストとしてのステップアップを果たした作品である。
彼女の音楽は、傷ついた恋やすれ違いを描く一方で、決して悲観的にならず、むしろユーモアや知性によってその痛みを咀嚼し、昇華していく。
ヴォーカルとギターの対話性、アレンジのミニマルな美学、そして細やかなリリックの余白──そのすべてが、この作品を“癒しと解放”の時間へと導いてくれる。
何より、“自分の価値は誰かの視線で決まらない”という感覚が、どの曲からも静かに滲み出ている。
おすすめアルバム(5枚)
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Clairo / Sling
繊細な自己観察とメロウなポップ。Mayaの内省的な作風と響き合う。 -
Olivia Dean / Growth
女性の視点から語られる恋愛と成長。リリックの誠実さに共通点あり。 -
Emily King / Scenery
洗練されたネオソウルとジャズ・ポップの融合。ギターと歌のバランスも近い。 -
Corinne Bailey Rae / Corinne Bailey Rae
軽やかなボーカルと温もりのあるソウル・ポップ。Mayaのルーツを感じさせる。 -
YEBBA / Dawn
圧倒的な表現力と音楽的奥行き。Mayaの次なる可能性を示唆する存在。
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