1. 歌詞の概要
「It Keeps You Runnin’」は、The Doobie Brothersが1976年にリリースしたアルバム『Takin’ It to the Streets』に収録された楽曲であり、マイケル・マクドナルドがバンドに加入して初めて全面的に作曲・リードを担当した曲のひとつである。歌詞のテーマは「愛と不安の追走」。相手の気持ちがわからず振り回される中で、それでもなお心は相手を追い求めてしまうという切実な心理を描いている。
「It keeps you runnin’, yeah it keeps you runnin’」というリフレインは、心を落ち着けることなく駆り立て続ける感情を象徴しており、愛の持つ苦しさと魅力の両面がシンプルかつ強烈に表現されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
1975年、The Doobie Brothersは創設メンバーのトム・ジョンストンが体調不良で活動を離れるという危機に直面した。その穴を埋めるべく加入したのが、Steely Danのバック・ボーカリストやキーボーディストとして活躍していたマイケル・マクドナルドである。彼のソウルフルでスモーキーな声、そして洗練されたコード進行は、バンドのサウンドを大きく変貌させることになった。
「It Keeps You Runnin’」はその変化を象徴する楽曲であり、ジャズやソウルの要素を取り入れたAOR(Adult Oriented Rock)的な響きが際立っている。シングルとしてはBillboard Hot 100で37位を記録。後にカーリー・サイモンがカバーし、1977年に彼女のアルバム『Another Passenger』にも収録されたことでさらに広く知られるようになった。
この曲をきっかけに、The Doobie Brothersは従来の「ウエストコースト的なギター・ロック」から「都会的で洗練されたAORサウンド」へと大きな舵を切ることになる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(歌詞引用元:The Doobie Brothers – It Keeps You Runnin’ Lyrics | Genius)
Where you gonna go?
君はいったいどこへ行くのか?
Where you gonna hide?
どこに隠れるつもりなのか?
You can’t go on forever
いつまでも続けられるわけじゃない
Not knowing deep inside
心の奥底を知らないままでは
It keeps you runnin’, yeah it keeps you runnin’
それでも君は走り続ける、そう、走り続けるんだ
You know it doesn’t matter
わかっているだろう、そんなことは関係ないと
It doesn’t matter what they say
人々が何を言おうと関係ない
歌詞は複雑ではなく、むしろ問いかけの連続と反復で成り立っている。そのシンプルさが、愛に翻弄される人間の不安定な心理を浮き彫りにしている。
4. 歌詞の考察
「It Keeps You Runnin’」は、愛における不安や追いかける心情をシンプルに描きながら、深い心理的共感を呼ぶ楽曲である。歌詞の「走り続ける」という表現は、相手を求め続けることの疲労や虚しさを示しつつも、それをやめられない人間の弱さを象徴している。
また、マクドナルドの独特のヴォーカルは「切実さ」と「温かみ」を併せ持ち、単なる失恋ソングではなく「大人の愛の複雑さ」を表現している。従来のDoobie Brothersの開放的なロックとは対照的に、この曲には内省的で都会的な響きがある。それは1970年代中盤のアメリカ音楽シーンが、シンプルなロックンロールから洗練されたAORへ移行していく潮流をも反映しているといえる。
「どこへ行くのか?」と問いかけながらも、結局は「走り続けるしかない」という結論に至る構造は、人間関係における普遍的な矛盾を描いており、聴き手に「自分の経験」と重ね合わせる余地を与えている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- What a Fool Believes by The Doobie Brothers
マクドナルド時代を代表する大ヒット曲。愛のすれ違いを洗練されたサウンドで表現。 - Minute by Minute by The Doobie Brothers
AOR的な完成度を示す代表曲。内省的な歌詞とソウルフルな演奏が共通。 - Lowdown by Boz Scaggs
同時代のAORサウンドを代表する楽曲。ジャジーで都会的な雰囲気が似ている。 - Takin’ It to the Streets by The Doobie Brothers
マクドナルド加入後最初の表題曲。ソウルとロックを融合させた代表的ナンバー。 - How Long by Ace
都会的でメロディアスな70年代ソフトロック。AOR的響きが「It Keeps You Runnin’」と通じる。
6. 「It Keeps You Runnin’」の象徴性
「It Keeps You Runnin’」は、The Doobie Brothersの音楽的進化を象徴する楽曲である。トム・ジョンストン時代の開放的なギター・ロックから、マイケル・マクドナルド時代のAOR的で洗練されたスタイルへの転換を告げる重要な一曲だった。
同時に、この曲は愛の普遍的なテーマ――追い求めても手に入らない不安、やめられない渇望――を描き、シンプルながらも深い共感を呼び起こす。
結果として「It Keeps You Runnin’」は、The Doobie Brothersのサウンドを刷新し、彼らが70年代後半のアメリカ音楽シーンにおいて新しい立ち位置を築く礎となった作品であり、今なおバンドの転換点を象徴する名曲として語り継がれている。
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