In Circles by Sunny Day Real Estate(1994)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

Sunny Day Real Estateの「In Circles」は、彼らのデビュー・アルバム『Diary』(1994年)に収録されている代表曲のひとつであり、エモというジャンルの原型を作り上げたと言っても過言ではない名曲である。その名のとおり、感情が“円を描くように”堂々巡りするさまを描いたこの楽曲は、恋愛や自己認識における混乱、停滞、そして言葉にならない焦燥感をテーマとしている。

歌詞には明確なストーリー性や時系列は存在せず、むしろ断片的で抽象的なイメージの連なりで構成されており、それがかえって“説明できない感情”のリアリティを生み出している。とりわけ「Meet me there / In the blue / Where words are not」や「It’s all around / I see it now / I feel it now」などのラインは、感情が言語化される前の“原形”を掴もうとするような試みとして響く。

タイトルの「In Circles」は、まさにこの歌詞の核心をなすイメージであり、同じ場所をぐるぐる回るような感情のループ、もしくは過去にとらわれ続ける心理的閉塞のメタファーとなっている。これは恋愛の未練にも、自己喪失にも通じる普遍的なテーマである。

2. 歌詞のバックグラウンド

Sunny Day Real Estateは、ワシントン州シアトルを拠点に1992年に結成されたバンドで、エモ(Emo)の第二波、いわゆる”Midwest Emo”の始祖的存在として広く認識されている。『Diary』はSub Popレーベルからリリースされた作品であり、当時ニルヴァーナサウンドガーデンといったグランジ勢が主流だった中、より繊細で内省的な感情表現を軸としたアプローチでシーンに衝撃を与えた。

「In Circles」はバンドの中心人物であるジェレミー・エニグク(Jeremy Enigk)の独特な歌声と、ダン・ホーナー(Dan Hoerner)の繊細なギターワークが際立つ楽曲で、ライブでも必ず演奏される定番曲としてファンに愛されている。歌詞については明確な解釈を避ける姿勢がとられており、バンド側も“感じることそのものが目的”であることを語っている。

また、この曲のムードは、エニグクの精神的な変化(彼はこの時期にキリスト教に改宗している)とも密接に関連しており、“言葉にならない内面世界”への接続がこの曲の根底に流れている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics

Meet me there / In the blue / Where words are not
そこに来て 青の中で 言葉のない場所で

Feeling remains / It’s a shame / That where we’re from / We’ve come / Become
残るのは感情 残念だね 僕たちがいた場所から やって来て こうなってしまったなんて

In circles we go / We’re never meant to be
僕たちは円の中を回っている 最初から運命なんてなかったのかも

It’s all around / I see it now / I feel it now
それはあらゆるところにある 今なら見える 今なら感じられる

このように、明瞭な意味よりも“気配”や“余白”が前面に押し出されたリリックは、感情そのものを言葉に変換することの限界と、それでも伝えようとする切実さを描いている。

4. 歌詞の考察

「In Circles」の歌詞は、恋愛や人間関係における“終わらない痛み”や“終われない気持ち”を描いたものとして解釈されることが多いが、実際にはそれよりも普遍的な“存在の不安定さ”や“内面的な混乱”を示しているように感じられる。

「Meet me there in the blue」という冒頭のラインは、現実ではないどこか、感覚と言葉の境界にある場所への呼びかけのようであり、そこでは言葉が無力である代わりに、感情だけが真実として存在する。“青”という色彩は、悲しみと静けさの両方を象徴しており、この曲の内省的な雰囲気を決定づけている。

また、「In circles」というイメージは、人生や関係性、感情が堂々巡りし、前に進まないようなフラストレーションの象徴でもある。そのループの中で、何かを見つけようとするもがき、あるいは“出られない円”の中で自分がどこまで行っても変わらないという諦念──そういった要素が、歌詞とサウンドの両方からにじみ出ている。

この曲の真価は、歌詞の意味が曖昧であるからこそ、それぞれのリスナーが自分自身の経験や感情を投影できる点にある。“これは何についての歌か”ではなく、“これが何を感じさせるか”が中心に置かれている、極めてエモーショナルな作品である。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Never Meant by American Football
    Midwest Emoのもうひとつの原点。別れた後の感情の揺れを繊細なギターと共に描く。

  • A Perfect Sonnet by Bright Eyes
    言葉の限界と心の矛盾を詩的に綴ったエモの名曲。内面の葛藤が「In Circles」と響き合う。

  • Two-Headed Boy by Neutral Milk Hotel
    意味よりも感情を優先した歌詞と、荒削りで衝動的なヴォーカルが特徴。

  • Never Wanted To Be That Girl by The Hotelier
    後悔と自省をテーマにした、ポストエモの進化系。

  • Such Great Heights by The Postal Service
    繊細な電子音と詩的なリリックが、感情の曖昧さを洗練された形で表現する。

6. 感情の“かたち”を捉える、ポストグランジ時代の詩

「In Circles」は、Sunny Day Real Estateが1990年代に提示した“エモ”という音楽の美学を象徴する楽曲であり、感情の流れをそのまま音楽にしたかのような純粋さを持っている。構成やサウンドは決して派手ではないが、その中には「言えなかった気持ち」「片付けられなかった思い出」「前に進めない自分」といった、誰もが心の中に抱える“動かない感情”が静かに渦巻いている。

エモというジャンルは時として誤解されるが、この曲が提示するのは“叫ぶこと”ではなく“感じること”の重さである。声を荒げずとも、感情はこれほどまでに深く表現できる──「In Circles」はそれを証明してみせた。そして今なお、その円の中にいるような不安と安堵の感覚は、私たちの心に静かに寄り添っている。

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