
- 発売日:2023年6月16日
- ジャンル:Alternative Rock / Desert Rock / Stoner Rock / Hard Rock
概要
『In Times New Roman…』は、Queens of the Stone Ageが2023年に発表した8作目のスタジオ・アルバムである。2017年の『Villains』以来、約6年ぶりとなった本作は、Josh Hommeを中心とするバンドが、長年培ってきたデザートロック、ハードロック、グラムロック、サイケデリア、ガレージロックの要素を再び荒々しい形で統合した作品に位置づけられる。
Queens of the Stone Ageは、1990年代にHommeがKyuss解散後に始動させたプロジェクトを母体とし、2000年代以降のロックシーンにおいて極めて独特な存在感を築いてきた。反復性の強いリフ、乾いたドラム、奇妙なコード感、ブルースとサイケデリアを歪ませたようなギター、そしてHommeの気怠く妖艶なヴォーカルが彼らの音楽的な核である。
2002年の『Songs for the Deaf』では、荒涼とした砂漠を車で走り抜けるような速度感と重量感を提示し、2007年の『Era Vulgaris』では機械的で不穏な音像へ接近。2013年の『…Like Clockwork』では死や喪失を内省的に描き、2017年の『Villains』ではMark Ronsonをプロデューサーに迎え、グラムやダンスロックへ大きく振れた。その流れを踏まえると、『In Times New Roman…』は単純な原点回帰ではなく、これまでの各時代に現れた要素をより陰惨で肉体的な形にまとめ直した作品といえる。
本作を特徴づけるのは、音そのものの「摩擦」である。ギターは滑らかに整えられるよりも、ささくれ立った質感を残し、ベースとドラムは反復によって楽曲を前へ押し続ける。曲によってはストリングスや舞台音楽的なアレンジも用いられるが、それらも装飾的な美しさを作るためというより、むしろ不穏さや劇性を増幅するために機能している。
歌詞の中心には、裏切り、崩壊した関係、自己嫌悪、死、孤独、回復といった主題がある。Hommeは本作制作前後に私生活上の大きな混乱や健康問題を経験しており、『In Times New Roman…』の言葉にはそれらを直接的な日記として説明するのではなく、皮肉、言葉遊び、比喩、毒のあるユーモアへ変換する姿勢が表れている。
アルバムタイトルも象徴的である。“Times New Roman”という一般的な書体名を“新しいローマ時代”のような意味へ転換することで、帝国の衰退、現代社会の退廃、過去の様式を模倣する文化などを連想させる。収録曲にはラテン語風の言葉遊びや古典的なイメージも散りばめられ、現代を「末期的な帝国」のように眺めるブラックユーモアがアルバム全体に流れている。
全曲レビュー
1. Obscenery
オープニングの「Obscenery」は、『In Times New Roman…』の美学を最も直接的に提示する曲の一つである。タイトル自体が“obscene”と“scenery”を掛け合わせたような造語であり、本作に頻出する言葉遊びの精神を最初から明確にしている。
音楽的には、粘着質なギターリフと重心の低いリズムが中心となる。Queens of the Stone Ageの代表的な特徴である反復性は健在だが、『Songs for the Deaf』期の高速道路的な疾走とは異なり、ここでは足を引きずるようなグルーヴが不穏さを生み出す。
歌詞には欲望、虚飾、嫌悪といった感情が混在している。現代社会の表面的な美しさや成功のイメージを、その裏側にある腐敗や不快さと並べて描くことで、「見世物としての世界」という感覚を作り出している。
また、ストリングスを含む劇的なアレンジは、アルバムの「ローマ帝国的退廃」という雰囲気にもつながる。単に重いロックを鳴らすだけではなく、芝居がかった悪趣味さを意図的に取り込んでいる点が、本作の重要な特徴である。
2. Paper Machete
「Paper Machete」は、本作の中でも特に直接的なロックナンバーである。鋭く刻まれるギターと乾いたリズムは、初期から中期のQueens of the Stone Ageを思わせる即効性を持つ。
タイトルの“paper machete”は、紙でできたマチェーテという矛盾したイメージである。外見上は武器のように見えても、実際には切る能力を持たない。そのため、虚勢、見せかけの強さ、言葉だけの攻撃性を示す比喩として機能する。
歌詞は崩壊した人間関係や相手への不信を強く想起させるが、単純な失恋ソングにはならない。怒りと軽蔑を、皮肉と比喩の連続によって表現している点にHommeらしさがある。
ギターソロも重要で、ブルース的な語法を残しながら、音色は非常に乾いている。ロックの伝統的な形式を用いながら、古典回帰に陥らないのはQueens of the Stone Ageの大きな強みである。
3. Negative Space
「Negative Space」は、アルバムの中でも比較的開放感のあるグルーヴを持つ曲である。
“negative space”とは美術やデザインにおいて、主体の周囲にある空白部分を指す言葉である。これを人間関係へ置き換えることで、「存在するもの」ではなく「失われたもの」「欠けているもの」が意識の中心になるというテーマが生まれる。
歌詞では不在や距離感が重要となり、誰かがいなくなった後に残される空白そのものが感情を支配する。これは『…Like Clockwork』以来、Hommeが繰り返し扱ってきた喪失の感覚ともつながる。
音楽面では、ベースとドラムのグルーヴが強く、ギターはその上を蛇行するように動く。Queens of the Stone Ageが単なる「ヘヴィなリフのバンド」ではなく、ファンクやダンスミュージックに近い身体性を持つことがよく分かる一曲である。
4. Time & Place
「Time & Place」は、反復するリズムとミニマルな構造を前面に押し出した楽曲である。機械的でありながら、完全には整列しない奇妙な揺れがあり、『Era Vulgaris』期を思わせる神経質なグルーヴを持つ。
タイトルは「時間と場所」を意味するが、歌詞では状況に適した振る舞い、タイミング、人間関係における距離の判断などが含意されている。
Queens of the Stone Ageの楽曲では、正面から感情を説明するよりも、同じフレーズを繰り返すことで心理的な閉塞を作ることが多い。本曲もその典型であり、進行しているようで同じ場所を旋回し続けるリズムが、関係性から抜け出せない状態を音として示している。
音数を過剰に増やさず、各楽器の配置そのものによって緊張を作る点も特徴的である。
5. Made to Parade
「Made to Parade」は、本作の社会批評的側面が比較的明確に現れる曲である。
“parade”という言葉には祝祭的な意味がある一方、人間を整列させ、同じ方向へ歩かせるイメージもある。本曲では、社会や企業文化が人間を生産性、成功、肩書きといった尺度に従わせる構造への皮肉が感じられる。
仕事や経済システムに従属することが人生そのものになっていく状態を、華やかな「パレード」として表現することで、祝祭と搾取という相反するイメージが重なる。
前半は比較的重苦しく進むが、後半になるにつれて音楽は開放的な高揚へ向かう。この展開は重要で、単純な社会批判に終わらず、強制された行進から抜け出すような感覚を作り出している。
Queens of the Stone Ageは政治的スローガンを直接掲げるタイプのバンドではないが、消費社会や成功神話への不信は以前から作品の随所に現れている。「Made to Parade」はその2020年代版ともいえる。
6. Carnavoyeur
「Carnavoyeur」は、『In Times New Roman…』の中心的な楽曲の一つである。
タイトルは“carnivore”と“voyeur”を連想させる造語で、捕食者と覗き見する者という二つの不穏なイメージを重ねている。さらに“carnival”にも近い響きがあり、アルバム全体の退廃的な祝祭性ともつながる。
この曲では死や運命に対する受容が重要なテーマとなっている。人生が思い通りにならないという事実に対して怒り続けるのではなく、自分では制御できないものを受け入れる姿勢が描かれる。
ただし、それは穏やかな悟りではない。ヴォーカルには冷静さと諦観があり、ストリングスは映画音楽のような不吉さを加える。死を恐怖だけでなく、避けることのできない条件として捉える点で、『…Like Clockwork』の内省性とも深く接続している。
楽曲の構成も非常に抑制されており、巨大なリフで押し切るのではなく、静かな不安を持続させる。Queens of the Stone Ageの成熟したソングライティングを象徴する曲である。
7. What the Peephole Say
「What the Peephole Say」は、本作の中でも特に軽快で攻撃的なナンバーである。
タイトルにある“peephole”はドアなどに付いた覗き穴を意味する。外の世界を限定された視界から観察するというイメージは、他者の視線、噂、監視、評価への意識につながる。
歌詞では、周囲からどう見られるかという問題に対して、挑発的に距離を取る姿勢が示される。社会的な規範や他人の評価を気にするより、自分の立場を維持しようとする反抗性が強い。
この曲は、The Stoogesやガレージロック的な原始性も感じさせる。簡潔なリズムと反復するフレーズによって、知的な複雑さよりも身体的な衝動を前面に出している。
アルバム中盤まで蓄積してきた重苦しさを一度解放し、後半への勢いを作る役割も担っている。
8. Sicily
「Sicily」はアルバムの中でも特に官能的で不穏な楽曲である。
低くうねるベース、粘りつくようなギター、ストリングスによる緊張感が組み合わされ、映画的な暗さを生み出している。Queens of the Stone Ageが持つ「セクシュアリティと危険性を同時に表現する能力」が最も明確に現れた曲の一つといえる。
タイトルのシチリアは地中海の歴史、古代文明、暴力、宗教、家族、犯罪といった多様なイメージを持つ土地である。本曲では具体的な旅行記というより、そうした文化的イメージを利用して濃密で退廃的な空間を作っている。
歌詞の中心には欲望と破滅があり、相手に引き寄せられることが幸福ではなく危険へ近づく行為として描かれる。この「魅惑と脅威の共存」は、Hommeのソングライティングに繰り返し現れる主題である。
初期のデザートロック的な乾燥とは対照的に、本曲は湿度の高い暗闇を感じさせる。その意味でも『In Times New Roman…』の音響的な幅を示す重要曲である。
9. Emotion Sickness
「Emotion Sickness」は、本作から先行して発表された代表曲であり、アルバム全体のテーマを凝縮したような作品である。
タイトルは“motion sickness=乗り物酔い”を“emotion sickness=感情酔い”へ置き換えた言葉遊びである。感情そのものによって気分を悪くするほど疲弊している状態を、非常に簡潔な表現にまとめている。
歌詞では、破綻した関係から距離を取り、自分自身を取り戻そうとする意識が強い。怒り、疲労、未練、自己防衛が同時に存在し、単純な決別宣言にはならない。
音楽的には、本作の中でも比較的ポップな構造を持つ。浮遊感のあるヴォーカルハーモニーと重いギターの対比が印象的で、サビには『Villains』期にも通じるメロディックな開放感がある。
一方、リズムやギターの音色はより粗く、『Villains』の洗練されたダンスロックとは異なる。この「ポップな輪郭」と「荒れた質感」の共存こそ、『In Times New Roman…』を象徴するサウンドである。
10. Straight Jacket Fitting
アルバムを締めくくる「Straight Jacket Fitting」は、9分を超える長尺曲であり、本作の思想的・音楽的な総決算となる。
“straight jacket”は拘束衣を意味する。そこへ“fitting=試着・採寸”を組み合わせることで、自分自身が狂気や拘束へ適合していくというブラックユーモアが成立している。
歌詞は個人的な怒りから社会全体への視線へ拡大し、現代文明の欺瞞、集団心理、虚飾、破滅への予感が入り混じる。Hommeのヴォーカルも通常の歌唱だけでなく、説教や演説のような語りへ近づき、アルバム全体に存在してきた「崩壊寸前の帝国」というイメージを強く印象づける。
音楽はブルース的な反復を基礎にしながら、徐々に強度を増していく。ギターが同じモチーフを繰り返し、リズムが執拗に続くことで、逃げ場のない圧迫感が生まれる。
この構造は、Queens of the Stone Ageのルーツであるデザートロックにも通じる。Kyuss以来、Hommeの音楽では「反復」が重要な意味を持ってきた。同じリフを繰り返すことでトランス状態を生み、その上で微細な変化を積み重ねる。本曲はその方法論を、キャリア30年近くを経た時点で再び巨大なスケールへ拡張している。
終盤ではアルバムを円環的に閉じるような構成が採られ、『In Times New Roman…』全体が一つの舞台劇であったかのような感覚を残す。
総評
『In Times New Roman…』は、Queens of the Stone Ageのキャリアにおいて「過去への回帰」と「成熟した再構築」が同時に進行しているアルバムである。
初期作品に通じる荒いギター、反復的なグルーヴ、『Rated R』や『Songs for the Deaf』を思わせる危険なロックンロールの感触は確かに戻っている。しかし、本作を単純な原点回帰と見ると、その重要性を見誤る。
『…Like Clockwork』以降に強まった死や喪失への内省、『Villains』で追求したグラムロック的な身振り、『Era Vulgaris』の機械的な違和感、初期のデザートロック的反復性がすべて共存しているからである。
サウンドの中心となるのは依然としてギターリフだが、それ以上に重要なのが「グルーヴ」である。Queens of the Stone Ageはヘヴィロックに分類されることが多いものの、彼らのリズムにはファンク、ディスコ、ガレージロックなどから受け継いだ身体性が存在する。
「Negative Space」「Time & Place」「What the Peephole Say」などではその特徴が明確で、巨大な音圧よりも、リズムの反復によってリスナーを動かす。この点で彼らはBlack Sabbath系の重厚さを継承しながら、一般的なストーナーロックとは異なる道を歩んできた。
歌詞面では、アルバム全体を通して「崩壊」が大きなテーマとなる。
人間関係の崩壊、自己像の崩壊、社会制度への信頼の崩壊、そして最終的には文明そのものへの不信である。しかし本作はそれを悲劇一色で描かない。皮肉、駄洒落、性的な比喩、古典文化への言及を大量に用いることで、破滅の中にも悪趣味なユーモアを残している。
タイトル『In Times New Roman…』から各曲の言葉遊びに至るまで、言語そのものを捻る姿勢も作品の重要な特徴である。これはHommeがシリアスな体験をそのまま告白するのではなく、芸術作品として一度変形させて提示していることを示している。
また、本作は2000年代以降のロックにおけるQueens of the Stone Ageの影響力を改めて確認させる作品でもある。Arctic Monkeys、Royal Blood、Nothing But Thievesをはじめ、重いギターとダンサブルなリズムを両立する後続バンドの多くに、QOTSAの方法論は直接・間接的な影響を与えてきた。
特にJosh HommeがプロデュースしたArctic Monkeys『Humbug』以降、サイケデリックで低重心なギターロックと官能的なグルーヴを組み合わせるスタイルは、2000年代後半から2010年代のロックに広く浸透した。
『In Times New Roman…』では、その影響を与えた側のバンドが、自らの様式を固定化せず再び歪ませている。過去の代表作を模倣するのではなく、長いキャリアの中で得たすべての語彙を使い、疲労や喪失までサウンドの一部へ変換した点に本作の価値がある。
『Songs for the Deaf』のような即座に理解できる爆発力よりも、繰り返し聴くことでリフ、言葉遊び、アレンジの細部が浮かび上がるタイプの作品である。デザートロックやストーナーロックだけでなく、グラムロック、ガレージロック、ブルース、サイケデリックロックを横断する音楽を求めるリスナーに適している。
Queens of the Stone Ageのキャリア後期を代表する作品であると同時に、「成熟したロックバンドがどのように荒々しさを維持できるのか」という問いへの一つの回答でもある。
おすすめアルバム
1. Queens of the Stone Age – …Like Clockwork(2013)
『In Times New Roman…』へ直接つながる内省性を理解するための重要作。死、孤独、喪失を扱いながら、ピアノやストリングスを含む劇的なアレンジを導入している。「Carnavoyeur」や「Sicily」の暗い美しさを好む場合、特に関連性が高い。
2. Queens of the Stone Age – Era Vulgaris(2007)
機械的なリズム、異形のギターサウンド、不快さを意図的に残したプロダクションが特徴。「Time & Place」などに感じられる神経質な反復や奇妙なグルーヴの源流として重要であり、『In Times New Roman…』の毒々しい側面と強く結びつく。
3. Iggy Pop – Post Pop Depression(2016)
Josh Hommeが制作と演奏に深く関わった作品。Iggy Popの退廃的な存在感とHomme特有の乾いたギター、低重心なリズムが融合している。死や老いをブラックユーモアとロックンロールへ変換する点でも、『In Times New Roman…』との共通性が大きい。
4. Arctic Monkeys – Humbug(2009)
Josh Hommeのプロデュース参加によって、Arctic Monkeysが従来の鋭いインディーロックから、重くサイケデリックなサウンドへ移行した作品。低音を強調したリフ、官能性、不穏な空間表現にはQueens of the Stone Ageからの影響が明確に表れている。
5. Them Crooked Vultures – Them Crooked Vultures(2009)
Josh Homme、Dave Grohl、John Paul Jonesによるスーパーグループ唯一のスタジオ・アルバム。複雑なリフ、変則的なリズム、Led Zeppelin由来のハードロックとQOTSA的な歪んだグルーヴが融合している。『In Times New Roman…』の長尺曲や重量感のあるアンサンブルを好むリスナーにとって、特に関連性の高い作品である。

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