発売日: 2022年9月9日
ジャンル: エクスペリメンタルポップ、エレクトロニカ、アートポップ
概要
『I Love You Jennifer B』は、イギリスのデュオ、Jockstrapが2022年にリリースしたデビューアルバムであり、ポップと実験精神が奇跡的に融合した傑作である。
Jockstrapは、音楽院出身のGeorgia Ellery（ボーカル、ヴァイオリン）とTaylor Skye（プロデューサー）によるユニット。
ElleryはBlack Country, New Roadでも活動しており、クラシックとポストロックの感覚を持ち込み、
Skyeは鋭い電子音楽センスで、既成概念を覆すようなサウンドを生み出す。
このアルバムは、リリース直後から「2020年代における最も独創的なポップアルバムの一つ」として絶賛され、
そのジャンルレスな音楽性と、甘美さと不安を同時に抱える世界観が、インディーリスナーから大手メディアまで広く支持を集めた。
文化的背景としては、Hyperpopやエクスペリメンタルポップが浸透しつつある中で、
Jockstrapはその流れを内在化しながら、より有機的で抒情的なアプローチを選び、ポップとアヴァンギャルドの境界を軽やかに飛び越えた。
全曲レビュー
1. Neon
幕開けを飾る幻想的なインストゥルメンタル。
ミステリアスなコード進行と、微かなノイズが、アルバムの異質な空気を静かに立ち上げる。
2. Jennifer B
アルバムタイトルにちなむ楽曲。
甘やかなメロディと、突然のビート崩壊、奇妙なテンションのアップダウンが交錯し、”アイデンティティの揺らぎ”を鮮やかに描き出す。
3. Greatest Hits
リズミカルなビートとキラキラしたポップサウンドが融合した一曲。
しかし、リリックは虚無感を孕んでおり、”成功”の空虚さを皮肉る構造となっている。
4. What’s It All About?
ヴァイオリンとデジタルディストーションが溶け合う、摩訶不思議なポップソング。
“これって全部何のため？”と問いかける無邪気さと絶望感が、切実な共鳴を生む。
5. Concrete Over Water
アルバム屈指の名曲。
クラシカルなストリングスと未来的なエレクトロサウンドが交錯し、”愛”と”都市の冷たさ”をテーマに壮大な物語が紡がれる。
6. Angst
短く、怒りに満ちたエレクトロニックなインタールード。
人間関係や社会に対する鬱屈を、鋭利なノイズとともに吐き出す。
7. Debra
ジャズ的要素を含んだ柔らかなバラード。
Elleryのボーカルが非常に親密に響き、静かに感情を揺さぶる。
8. Glasgow
アコースティックギターとシンセが交差するノスタルジックなトラック。
旅と記憶、喪失をテーマにした詩的な世界観が広がる。
9. Lancaster Court
不安定なビートと甘美なメロディが絡み合う一曲。
都市の雑踏の中に埋もれる個人の孤独を、エレガントに描き出す。
10. 50/50
アルバムのハイライトとも言える、凶暴でアグレッシヴなエレクトロ・パンクナンバー。
クラブミュージック的なビートと過剰なエフェクトが炸裂し、Jockstrapの実験精神を象徴する。
総評
『I Love You Jennifer B』は、Jockstrapというユニットの持つ奇妙なバランス感覚──
甘さと不穏、叙情と破壊、ポップと前衛──を、極めて高いレベルで結晶化させた作品である。
Georgia Elleryのボーカルは、クラシカルなリリシズムを保ちながらも、
どこか不安定で壊れやすい質感を持ち、サウンドの奇抜さに柔らかさと人間味を与えている。
Taylor Skyeのプロダクションは、HyperpopやGlitch Popの影響を受けながらも、単なる模倣に留まらず、
予測不可能な構成とダイナミクスで、”現代ポップ”の枠を押し広げることに成功している。
特に「Concrete Over Water」「50/50」などは、サウンド面でもリリック面でも、
人間存在の矛盾や感情の複雑さを、驚くべき自由度で表現しており、
リスナーにとっては一筋縄ではいかない、しかし強烈に惹きつけられる体験となるだろう。
『I Love You Jennifer B』は、ポップミュージックの未来を示す一つのマイルストーンであり、
同時に、ポップという形式がこれほどまでに自由で豊かなものになりうるという、
ひとつの静かな革命でもある。
おすすめアルバム（5枚）
- Charli XCX『how i’m feeling now』
DIY的制作姿勢とエモーショナルなHyperpopサウンドが近似。 - FKA twigs『MAGDALENE』
実験精神とポップ性の高度な融合、そしてヴォーカル表現の柔らかさに共通点がある。 - Black Country, New Road『Ants From Up There』
Elleryが在籍する別プロジェクト。抒情的かつ複雑な音楽性に通じるものがある。 - Sophie『Oil of Every Pearl’s Un-Insides』
破壊と創造を繰り返すエレクトロニックサウンドの革新性が、Jockstrapの実験精神と響き合う。 - Caroline Polachek『Pang』
美しいメロディと奇妙なサウンドデザインの融合が共鳴する作品。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『I Love You Jennifer B』の制作過程では、Georgia ElleryとTaylor Skyeが互いに”意図的に違和感を作り出す”ことを意識していたという。
Elleryは伝統的なソングライティングとヴァイオリンアレンジを担当し、
Skyeはそこに破壊的なデジタル処理やビート崩壊を加えることで、”不安定な美”を作り上げていった。
録音にはアナログ機材と最先端のプラグインを併用し、”デジタルとアコースティックの対話”を意図的に演出。
一部の曲では、あえてスタジオの環境音や演奏ミスを残すことで、”完璧ではない生の感触”を生み出している。
このアプローチが、アルバム全体に漂う、”夢の中でポップソングを聴いているような”奇妙なリアリティを支えているのである。
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