
1. 歌詞の概要
「I Know What I Like (In Your Wardrobe)」は、Genesisが1973年に発表したアルバム『Selling England by the Pound』に収録された楽曲であり、同年にシングルとしてもリリースされた。Genesisにとって初めて全英シングルチャートにランクインした曲であり、彼らの人気を広げるきっかけとなった。
歌詞は庭師を主人公に据え、労働や出世といった社会的価値観に背を向け、自分のペースで生きる姿勢をユーモラスに描いている。「I know what I like, and I like what I know(自分の好きなものはわかっているし、自分がわかっているものが好きだ)」というフレーズは、頑なな自己肯定でありながら、同時にイギリス的な風刺とアイロニーに満ちている。
歌詞の根底には「自分の人生は自分のもの」というメッセージがあるが、それを説教じみるのではなく、どこか軽妙で風変わりなキャラクターを通じて語ることで、風刺とユーモアを共存させている。
2. 歌詞のバックグラウンド
アルバム『Selling England by the Pound』は、Genesisの黄金期を象徴する作品であり、英国社会を題材にした風刺的な歌詞と、クラシカルかつ複雑な楽曲構成が融合している。その中で「I Know What I Like」は最もポップで親しみやすい曲とされ、アルバム全体の中で異彩を放っている。
この楽曲は、バンドのローディーであった人物をモデルにしているとも言われ、彼ののんびりとした性格や生活観が歌詞に反映されている。庭で芝刈りをする男が「社会的成功」に見向きもせず、ただ自分のペースで生きる――という物語は、当時の英国の労働倫理や階級意識に対する皮肉にもなっている。
演奏面では、Phil Collinsのパーカッシブなリズム、Steve Hackettのユニークなギター・フレーズ、Tony Banksのシンセが絡み合い、ポップでありながらも一筋縄ではいかないGenesisらしいサウンドを生み出している。さらにPeter Gabrielはライブで芝刈り機を持ち出したり、芝生を刈る仕草をしたりと演劇的なパフォーマンスを披露し、曲のキャラクター性を強調した。
Genesisが難解でシリアスなプログレだけでなく、軽妙な皮肉とユーモアも得意としていたことを示す代表的な曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「I Know What I Like (In Your Wardrobe)」の印象的な部分を抜粋し、英語歌詞と和訳を併記する。
(歌詞引用:Genius)
It’s one o’clock and time for lunch
1時になった、昼食の時間だ
When the sun beats down and I lie on the bench
太陽が照りつける中、ベンチに横たわる
I can always hear them talk
彼らがおしゃべりする声がいつも聞こえる
When the day goes slow, into the peaceful night
ゆったりとした日が、穏やかな夜へと移り変わるとき
I know what I like, and I like what I know
自分の好きなものはわかっているし、わかっているものが好きだ
このフレーズに象徴されるように、主人公は社会的な成功や忙しさを拒絶し、日々のリズムを自分の感覚で刻んでいる。ユーモラスでありながら、どこか哲学的でもある表現である。
4. 歌詞の考察
「I Know What I Like」の主人公は、社会的な規範や出世競争に背を向け、自分の快適な生活に満足している。現実社会では怠惰や野心の欠如として批判されそうな姿勢だが、Genesisはそれを風刺とユーモアで描くことで、むしろ魅力的に映し出している。
「I know what I like, and I like what I know」というフレーズは、単純に「こだわりがない」という意味にも読めるが、同時に「自分の世界に閉じこもり、外からの価値観に左右されない強さ」としても解釈できる。これは社会的圧力の中で生きる人々へのささやかな抵抗の歌とも言える。
一方で、この主人公が本当に幸せなのか、あるいは単に停滞しているだけなのかは曖昧に残されている。その曖昧さが風刺の深みを与えている。イギリス的なユーモアとアイロニーに満ちた表現であり、Genesisの歌詞世界の多面性を象徴している。
音楽的にも、プログレッシブ・ロックの複雑さを持ちながら、キャッチーなリフレインとポップなリズムが聴きやすさを生んでおり、バンドが広く受け入れられるきっかけになったこともうなずける。
(歌詞引用:Genius)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Dancing with the Moonlit Knight by Genesis
同じアルバムに収録され、英国社会への風刺と叙情性を兼ね備えている。 - The Battle of Epping Forest by Genesis
風刺的でストーリー性豊かな楽曲で、「I Know What I Like」と同じアルバムの一曲。 - Living in the Past by Jethro Tull
風刺とポップなリズムを融合させた楽曲で、Genesis的なユーモアと共鳴する。 - Mother Goose by Jethro Tull
田園的なイギリス観と皮肉を込めた歌詞が共通している。 - Time by Pink Floyd
日常の時間の流れをテーマにした楽曲で、「I Know What I Like」の哲学的な要素と通じる。
6. Genesisにとっての意義
「I Know What I Like (In Your Wardrobe)」は、Genesisにとって初めてチャートに入ったシングルであり、彼らの音楽が広く知られるきっかけとなった。難解で壮大なプログレッシブ・ロックを展開しながらも、この曲によって「ユーモラスで親しみやすい側面」も持ち合わせていることを世に示した。
また、この楽曲はPeter Gabrielの演劇的なステージ・パフォーマンスと相性が良く、ライブでは芝刈り機を持ち出すなどユーモアを前面に出した演出が観客に強い印象を与えた。
結果として、「I Know What I Like」はGenesisの芸術性とポップ性のバランスを象徴する楽曲となり、今なお彼らのキャリアを語るうえで欠かせない存在である。



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