発売日: 1977年3月
ジャンル: ロック、ブルー・アイド・ソウル、ハートランドロック
概要
『I Came to Dance』は、Nils Lofgrenが1977年にリリースしたソロ3作目のアルバムであり、これまでの内省的なロックンロールから一転、“フィジカルで開放的なグルーヴ”を前面に押し出した作品である。
タイトル通り、“踊るために来た”という宣言がアルバム全体の方向性を象徴しており、よりファンクやソウルの要素を取り入れたパーティ感覚の強い内容となっている。
本作は、ニルス・ロフグレンの“ギタリスト”としての顔よりも、“フロントマン”や“エンターテイナー”としての資質が際立ったアルバムであり、彼のライブ・パフォーマンスにおける躍動感と自由な精神をスタジオ音源として具現化したとも言える。
一方で、彼特有の誠実さと叙情性は失われておらず、踊れるビートの中にも“語り手”としての深さがしっかりと息づいている。
全曲レビュー
1. I Came to Dance
タイトル曲にしてアルバムの主軸。
躍動的なビート、ファンキーなギター、そしてソウルフルなホーン・アレンジが炸裂する。
「俺は踊るためにここに来た」――その言葉の裏にある、“束の間の解放”への渇望が感動的ですらある。
ライブでは必ず盛り上がる定番曲。
2. Rock Me at Home
グルーヴィーなリズムと軽快なギターが心地よいミッドテンポ・ロック。
“ロックしてくれ、家で”というラインが、外向きのエネルギーとプライベートな親密さを絶妙にブレンドしている。
リラックスしたヴォーカルも魅力的。
3. Home Is Where the Hurt Is
“痛みがある場所こそが帰る場所”という逆説的なリリックが光るバラード。
ロフグレンのシンガーソングライターとしての側面が表れた楽曲で、静かなピアノとじんわり染み込む歌声が印象的。
アルバム中で最もエモーショナルな瞬間。
4. Code of the Road
ツアー生活をテーマにした、軽やかで開放感のあるロック・ナンバー。
移動、自由、孤独、そして演奏――ロフグレンの実体験を感じさせるリアルな描写が光る。
ギターソロも歯切れよく、爽快感に満ちている。
5. Happy Ending Kids
“幸せな終わりを信じる子供たち”という、やや風刺的なタイトルが印象的な楽曲。
ポップ寄りのメロディとシリアスなリリックの対比が面白く、NRBQやトッド・ラングレンのようなパワーポップ的感触もある。
6. Goin’ South
南部への旅をテーマにした、軽快でスワンピーなナンバー。
リズムにほんのりとラテン風味があり、旅と解放を描く音の風景が広がる。
ハーモニーも美しく、アルバムに良いアクセントを与えている。
7. To Be a Dreamer
夢見ることの価値と、その代償を穏やかに綴ったバラード。
アコースティックギターとエレピの響きが温かく、歌詞には“傷ついても夢を見続けること”への静かな信念が込められている。
スプリングスティーン的な“青臭さ”をロフグレン流に再構築した佳曲。
8. Jealous Gun
前作『Cry Tough』からの再録で、よりタイトでグルーヴィーなアレンジに刷新。
嫉妬という内なる暴力性を“銃”になぞらえた、シリアスかつスタイリッシュな一曲。
ビートの強化により、クラブ感すら帯びている。
9. Jailbait
アルバム唯一のハードなロックンロール。
危険な恋愛や社会的禁忌をテーマにしながらも、コミカルで軽やかな表現で処理されており、アルバムの中で最も“危うさ”をまとった存在。
ギターのキレが冴えわたる。
総評
『I Came to Dance』は、ニルス・ロフグレンが“踊れるロックンロール”を本気で追求したアルバムであり、それでいて彼の誠実な語り口や心の震えを決して犠牲にしていないという点で、非常に稀有な作品である。
フィジカルなリズムと、繊細な情感。このふたつが互いを殺し合うことなく共存し、ロフグレンの人間的な魅力がより立体的に浮かび上がっている。
また、本作はライブ・パフォーマンスを前提とした楽曲が多く、実際に彼のステージングとリンクすることで、さらに力を持つタイプの楽曲が揃っている。
“踊るために来た”という言葉の裏には、表現者としての覚悟と、観客と共鳴しようとする強い意志が宿っており、それが本作の最大の魅力となっている。
おすすめアルバム(5枚)
-
Southside Johnny & the Asbury Jukes – I Don’t Want to Go Home (1976)
ソウルフルでダンサブルなロック。『I Came to Dance』の兄弟作のような存在。 -
Bruce Springsteen – Born to Run (1975)
エモーショナルで演劇的なロックンロールの金字塔。ロフグレンとの精神的リンクが強い。 -
Todd Rundgren – Something/Anything? (1972)
ポップ、ファンク、ロックを横断する才気と遊び心。『Happy Ending Kids』的世界観と通じる。 -
Little Feat – Time Loves a Hero (1977)
ファンキーで洗練されたロックンロール。ロフグレンの“グルーヴ志向”と共鳴。 -
NRBQ – At Yankee Stadium (1978)
ジャンルに縛られない開放的なロック。『Goin’ South』のような軽やかさが好きな人におすすめ。
コメント