アルバムレビュー:Howl by Black Rebel Motorcycle Club

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発売日: 2005年8月22日
ジャンル: ゴスペル、フォークロック、ブルース、ルーツロック、オルタナティヴ・カントリー


闇を照らすブルースの祈り——“轟音の民”が辿り着いたアコースティックの荒野

2005年、Black Rebel Motorcycle Club(BRMC)はサード・アルバム『Howl』で大胆な変身を遂げた。
フィードバックとノイズに包まれた前作までのイメージを覆し、彼らはエレクトリック・ギターを手放し、アコースティックな楽器と共にアメリカーナの深層へと分け入っていく。
その結果生まれたのが、ゴスペル、ブルース、フォーク、ルーツロックの血脈に根差した、魂の声=“吠え(Howl)”であった。

アルバムタイトルは、アレン・ギンズバーグの詩『Howl』からの影響を仄めかしつつ、抑えがたい衝動、痛み、そして希望をむき出しにした人間の叫びとしての“歌”を指している。
政治的抑圧や宗教的懐疑、個人的な葛藤を滲ませたリリック、教会音楽のようなハーモニー、素朴だが鋭いアレンジ——
それらすべてがこのアルバムにおいて、BRMCというバンドが単なるロックンロールの衣装を脱ぎ捨て、血と土の匂いのする音楽を奏で始めたことを証明している。


全曲レビュー

1. Shuffle Your Feet

ハンドクラップと多重コーラスが響く、ゴスペル風のオープニング。
まるで教会の外で開かれたストリート・ミサのような祝祭感があり、バンドの変化を強く印象づける。

2. Howl

アルバムタイトル曲にして、深夜の祈りのようなバラード。
内省的なリリックと繊細なピアノが重なり、抑制された感情がじわじわと滲み出す。
“吠える”というより“呟く”ことで真実に迫るような静けさがある。

3. Devil’s Waitin’

アコースティック・ギター一本で綴られるフォークナンバー。
「悪魔は待っている」と語るリリックに、アメリカ南部の闇と救済の不在を感じさせる。
Nick DrakeやTownes Van Zandtを思わせる、影のある叙情。

4. Ain’t No Easy Way

ドブロギターとスタンピングビートが印象的なブルースロックの佳曲。
「楽な道なんてない」というフレーズが、どこか誇り高く響く。
この曲がアルバムの“魂”を象徴していると言ってもいい。

5. Still Suspicion Holds You Tight

トレモロの効いたギターとミニマルな構成で展開されるミディアムナンバー。
疑念と欲望の絡み合う心理を描いたリリックが重たくのしかかる。

6. Fault Line

不協和音的なピアノと不穏な歌声が印象的な短編曲。
“地割れ”というテーマに象徴されるように、バランスを失った心の断層が感じられる。

7. Promise

祈りのようなトーンを持ったスローバラード。
“約束”という言葉の重みが静かに響き、宗教的なイメージが揺らぎながら広がる。

8. Weight of the World

全体的にブルージーかつスピリチュアル。
「世界の重みを背負う」というフレーズが、社会と個人の間で引き裂かれる感覚を象徴している。

9. Restless Sinner

ギターとオルガンの絡みが心地よいミッドテンポ。
罪と赦しというテーマを、荒野のようなサウンドスケープで描いている。

10. Gospel Song

タイトル通り、現代の“福音”を鳴らすようなスローゴスペル。
宗教的形式を借りながら、信仰への懐疑と希望を同時に抱えた一曲。

11. Complicated Situation

サザン・フォーク風の短い楽曲。
複雑な世の中に対して、それでも歌わざるをえない、そんなやるせなさが滲む。

12. Sympathetic Noose

“同情の縄”というタイトルが象徴するように、優しさと危うさが同居する美しいバラード。
弦楽器が幽玄に響く、アルバムでも屈指の詩的名曲。

13. The Line

アルバムを締めくくる、希望とも絶望ともつかない夜明け前の一曲。
静かなピアノとヴォーカルが、すべての“叫び”の余韻を受け止める。
「その線を越えるかどうか」——その問いは聴き手に残される。


総評

Howlは、Black Rebel Motorcycle Clubのキャリアにおいて最も異質で、最も誠実な作品である。
それは轟音の壁を手放し、より静かな“叫び”へと自らを導いた勇気の記録だ。

フォークやゴスペルという“過去の音楽”を引用しながらも、その響きは紛れもなく現代的であり、21世紀の魂が鳴らす“アメリカの原風景”としての役割を果たしている。
これはルーツ回帰ではなく、ノイズの中から掘り当てた“本当の声”への回帰なのだ。

ギターを“吠えさせる”のではなく、自分たち自身が“吠える”こと。
その決断がこのアルバムには刻まれている。


おすすめアルバム

  • 16 Horsepower – Sackcloth ’n’ Ashes
    南部ゴシックとブルース、信仰と罪の交錯。『Howl』の精神的な隣人。
  • Nick Cave & the Bad Seeds – The Boatman’s Call
    静謐と内省の極北。語りの深度と静けさが近い。
  • Townes Van Zandt – High, Low and In Between
    荒涼としたフォークの詩人。BRMCのリリシズムと通じ合う。
  • Mazzy StarSo Tonight That I Might See
    静けさと陶酔、薄明のようなサウンドが、『Howl』の夜のムードと共鳴。
  • Bob DylanJohn Wesley Harding
    ルーツに根ざしながらも文学的な鋭さを持つ、モダン・アメリカーナの原点。

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