発売日: 1998年8月25日
ジャンル: オルタナティブロック、エクスペリメンタル・ポップ、エレクトロ・ロック
概要
『How Does Your Garden Grow?』は、Better Than Ezraが1998年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、彼らにとって最大の転換点であり、最も“挑戦的”な作品として知られている。
それまでの『Deluxe』や『Friction, Baby』で確立された、ギター主体のミディアム・テンポなオルタナロックとは異なり、本作ではエレクトロニカ、ファンク、サイケデリック、エフェクト処理されたヴォーカルやリズム実験など、まるで別バンドかのようなサウンドスケープが展開される。
その結果、チャート面では前作ほどの成功には至らなかったが、長期的には“最も過小評価された傑作”として評価され、バンドの創造性と柔軟性を示す重要作としてファンに愛されている。
全曲レビュー
1. Je ne m’en souviens pas
タイトルはフランス語で「覚えていない」という意味。
柔らかなビートと曖昧な記憶をなぞるようなアンビエントなイントロで、アルバムの異質さを予感させる。
ピアノとエレクトロニクスが溶け合うドリーミーな一曲。
2. One More Murder
緊迫感のあるビートと不穏な歌詞が特徴的なナンバー。
都市の暴力やニュースの麻痺を皮肉的に描く、社会的視点を持つ楽曲。
ファズのかかったギターとサイケ的エフェクトが印象深い。
3. At the Stars
本作中もっとも知られた楽曲で、ラジオヒットも記録。
夜空を見上げながらの孤独と希望が混在するバラードで、シンセとアコースティックの融合が美しい。
Better Than Ezraらしいメロディセンスが光る。
4. Like It Like That
ファンキーなリズムとストレートなロックサウンドが交錯するダンサブルな一曲。
ブラスの使用と、グルーヴの強さがこれまでの彼らにはなかった新しい一面。
5. Allison Foley
悲劇的な女性像を描いた、リリカルで胸に迫るナンバー。
タイトルの響きは美しいが、歌詞には喪失感と虚無が広がる。
静と動のコントラストがエモーショナル。
6. Under You
ややグランジ寄りのヘヴィなギターが鳴る一曲。
「君の下にいる」という言葉が、依存やコンプレックス、屈折した関係性を示唆する。
7. Live Again
希望と再生をテーマにしたバラードで、アルバム中もっとも“人間的なぬくもり”を感じさせる曲。
再起を決意するような歌詞と、穏やかなコード進行が深い余韻を残す。
8. Happy Day Määz
エクスペリメンタルな短編トラック。
インストゥルメンタルに近く、ループとエフェクトが中心。
“意味のなさ”を音楽で表現するユニークな試み。
9. Pull
ミステリアスなイントロから始まるサイケ・ロック調の曲。
“引っ張られる”という心理状態を描きつつ、不安定さが楽曲全体に漂う。
10. Particle
シンセとリズムパターンを多用した実験的ナンバー。
“微粒子”というタイトル通り、言葉にできない感覚や余白をテーマにした曲。
電子音の扱いが非常にモダン。
11. Beautiful Mistake
アルバム中もっともポップ寄りで、“失敗を美しく肯定する”というテーマが魅力的な楽曲。
「すべての間違いは、きっと何かの始まりだった」という想いがこもったエモーショナルなサビが印象的。
12. Waxing or Waning?
タイトルが示すように、“月が満ちているのか欠けているのか”という不確実性をテーマにした哲学的ナンバー。
アンビエントとポストロック的構成が同居している。
13. Everything in 2’s
短くてカオティックな実験的トラック。
タイトル通りすべてが“2つずつ”で構成されているような構造的妙味がある。
アルバム全体の実験精神を象徴。
14. New Kind of Low
アルバムのクライマックスとなる長尺トラック。
静かに始まり、少しずつビルドアップしていく構成。
“新しい種類の落ち込み”というタイトルが持つ絶望と美しさの二重性を、音で体現する。

総評
『How Does Your Garden Grow?』は、Better Than Ezraが商業的な安全地帯から抜け出し、音楽的リスクをとって制作した最も実験的なアルバムである。
ロック/ポップという枠にとらわれず、電子音・ファンク・サイケ・ポストロック的手法を取り入れながらも、彼らならではの温もりあるメロディは一切失われていない。
それは「成功」よりも「進化」を選んだ作品であり、当時の評価が分かれたのも当然かもしれない。
だが今聴き直すと、90年代末の“ジャンル流動化”の先駆けとなるような先見性を備えており、むしろ現在のリスニング環境にこそ合うアルバムとすら言える。
おすすめアルバム
- Blur / 13
ブリットポップの殻を破り、エレクトロニクスや私小説的内容に踏み込んだ傑作。 - Beck / Mutations
ジャンル横断的なソングライティングと実験精神の融合。 - Remy Zero / Villa Elaine
叙情性と音響実験のバランスが近い空気感を持つ。 - Radiohead / The Bends
ギターロックから脱皮する途中の躍動感と深み。 - Tonic / Sugar
よりメロディ重視だが、ロックの成熟と内省性という共通項あり。
歌詞の深読みと文化的背景
本作の歌詞群には、都市生活の閉塞感、メディアや暴力への鈍化、記憶の不確かさ、そして再生への希求といった90年代末アメリカの精神風景が色濃く投影されている。
「One More Murder」や「New Kind of Low」には、当時のTV文化、過剰な情報の中での精神的麻痺が感じられる。
一方、「At the Stars」や「Live Again」では、そんな中でも星を見上げること、やり直すことの価値が語られ、絶望だけではない“希望の通路”も確かに残されている。
このアルバムは、どこかで立ち止まってしまった90年代のリスナーたちへの、“問いかけとしての庭”なのかもしれない。
「あなたの庭は、いまどう育っていますか?」
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