
- 発売日: 1975年6月6日
- ジャンル: ソフト・ロック、ポップ、アダルト・コンテンポラリー、イージーリスニング、バロック・ポップ
概要
Carpentersの『Horizon』は、1975年にリリースされた6作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおける成熟期を象徴する作品である。1969年のデビュー以降、Carpentersは1970年代前半のアメリカン・ポップを代表する存在として、「Close to You」「We’ve Only Just Begun」「Superstar」「Rainy Days and Mondays」「Yesterday Once More」など、数多くのヒットを生み出してきた。カレン・カーペンターの深く温かいアルト・ヴォイスと、リチャード・カーペンターの緻密なアレンジは、ロックの激しさやソウルの熱量とは異なる、洗練されたポップの美学を確立した。
『Horizon』は、そのCarpentersの音楽性が最も丁寧に磨かれたアルバムのひとつである。初期の作品にあった若々しい瑞々しさや、シングル主体の親しみやすさは保ちつつも、本作ではより落ち着いたトーン、広がりのあるオーケストレーション、陰影の深い歌唱が前面に出ている。アルバム全体には、明るい日常のポップというより、人生の途中でふと立ち止まり、過去や愛、別れ、孤独を見つめるような雰囲気がある。タイトルの「Horizon」は「地平線」を意味し、遠くを見つめる視線、未来への曖昧な期待、そして届きそうで届かない距離感を象徴している。
1970年代半ばの音楽シーンでは、ロックはより多様化し、シンガーソングライター、ソウル、ファンク、ディスコ、プログレッシブ・ロック、ハード・ロックがそれぞれ存在感を強めていた。その中でCarpentersは、過度な実験や派手な自己主張ではなく、メロディ、歌声、編曲の精度によって独自の位置を保った。彼らの音楽は、しばしば「健全」「清潔」「保守的」といった言葉で語られることもあるが、『Horizon』を聴くと、その表面の穏やかさの奥に、非常に深い哀愁と孤独があることが分かる。
本作には、カバー曲とオリジナル曲がバランスよく配置されている。Eaglesの「Desperado」、Neil Sedakaの「Solitaire」、The Marvelettesで知られる「Please Mr. Postman」など、すでに知られた楽曲をCarpenters流に再解釈し、彼ら自身の世界へ引き込んでいる。一方で「Only Yesterday」や「Happy」のような楽曲では、Carpentersらしいメロディアスなポップ性が明確に表れている。アルバム全体は派手ではないが、楽曲ごとの質感が非常に丁寧に作られており、1970年代アダルト・コンテンポラリーの完成度の高さを示している。
カレン・カーペンターの歌唱は、本作の最大の核心である。彼女の声は、技巧を誇示するタイプではない。むしろ、抑制、自然さ、言葉の置き方、低音域の深み、わずかな息遣いによって感情を伝える。『Horizon』では、その声の成熟が特に強く感じられる。恋の喜びを歌ってもどこか影があり、孤独を歌っても過度に悲劇的にはならない。彼女の歌声は、聴き手の感情を直接揺さぶるのではなく、静かに寄り添いながら、いつの間にか深い場所へ届く。
リチャード・カーペンターの編曲も、本作の完成度を支えている。ストリングス、コーラス、ピアノ、管楽器、リズム・セクションは、決して過剰に目立たない。すべてがカレンの声を中心に配置され、楽曲の感情を支えるために機能している。Carpentersの音楽では、アレンジが美しく整えられているため、ともすれば簡単に聴き流されてしまう。しかしその実、転調、コーラスの重ね方、楽器の出入り、ダイナミクスの調整は非常に緻密である。『Horizon』は、その職人的な完成度が特に際立つ作品である。
日本のリスナーにとってCarpentersは、長く親しまれてきた洋楽アーティストのひとつである。英語詞を細かく理解しなくても、カレンの声の温度、メロディの美しさ、アレンジの柔らかさは直感的に伝わる。しかし『Horizon』は、単に心地よいBGMとして聴くだけではもったいないアルバムである。ここには、ポップ・ミュージックが持ちうる上品さ、孤独、成熟、そして言葉にならない寂しさが凝縮されている。明るさと悲しみの間にある、Carpenters特有の美しさを深く味わえる作品である。
全曲レビュー
1. Aurora
アルバムの幕開けを飾る「Aurora」は、短いインストゥルメンタル的な導入曲であり、『Horizon』全体の空気を静かに整える役割を持つ。タイトルの「Aurora」は夜明け、あるいは極光を意味し、地平線の向こうに光が現れるようなイメージを呼び起こす。アルバム・タイトルの「Horizon」とも響き合い、本作が単なるポップ・ソング集ではなく、ひとつの情景を持った作品であることを示している。
音楽的には、リチャード・カーペンターらしい繊細なアレンジが特徴である。穏やかな響きの中に、これから始まる物語への期待と、どこか静かな寂しさが同居している。大きなメロディを押し出す曲ではないが、音の広がりによって、聴き手をアルバムの世界へ自然に導く。
この曲の重要性は、Carpentersがアルバム全体の流れを非常に大切にしていたことを示す点にある。1970年代のポップ・アルバムは、ヒット・シングルの集合体として作られることも多かったが、『Horizon』では冒頭にこのような短い導入を置くことで、作品全体に一種の統一感が生まれている。
「Aurora」は、夜明けの光のように柔らかく、本作の落ち着いた質感を象徴するオープニングである。続く「Only Yesterday」への橋渡しとして、アルバムの情緒を静かに立ち上げている。
2. Only Yesterday
「Only Yesterday」は、『Horizon』を代表する楽曲のひとつであり、Carpentersの明るさと哀愁が見事に共存した名曲である。タイトルは「ほんの昨日まで」という意味を持ち、過去の孤独や悲しみから、愛によって少しずつ前を向いていく感覚が描かれる。歌詞の内容だけを見ると、希望に満ちたラブソングである。しかし、カレン・カーペンターの声によって、その希望には常に過去の痛みの影が差している。
曲は穏やかな導入から始まり、サビで大きく開ける構成を持つ。Carpentersらしいコーラス・ワークとストリングスが、メロディを豊かに支える。リチャード・カーペンターのアレンジは、楽曲を過度にドラマティックにせず、あくまでカレンの声を中心に据えている。そのため、曲の高揚感は派手ではなく、内側から自然に広がる。
歌詞では、かつて孤独だった語り手が、相手との出会いによって未来を信じ始める様子が描かれる。「昨日まで」と「今日から」の対比が重要であり、過去の痛みがあるからこそ、現在の希望が意味を持つ。Carpentersの楽曲には、単純な幸福ではなく、悲しみを通過した後の穏やかな希望がしばしば現れる。この曲はその典型である。
カレンのヴォーカルは、ここで非常に透明でありながら、低音域に深い温かさを持つ。彼女は喜びを歌っても、声を過剰に弾ませない。むしろ、慎重に希望を受け入れているように聴こえる。この抑制が、曲に大人の感情を与えている。
「Only Yesterday」は、Carpentersのポップ・センスが最も美しい形で表れた楽曲である。明るく親しみやすいメロディの中に、過去の孤独と未来への願いが共存している。『Horizon』の中心的な魅力を示す一曲である。
3. Desperado
「Desperado」は、Eaglesの楽曲のカバーであり、『Horizon』の中でも特にカレン・カーペンターの解釈力が際立つ楽曲である。原曲は、孤独なアウトローに対して、心を開き、愛を受け入れるよう語りかけるバラードである。Eagles版にはアメリカン・ロック/カントリー・ロックらしい男の孤独と乾いた風景があるが、Carpenters版では、その孤独がより内面的で、普遍的なものとして表現されている。
カレンの歌唱は、この曲の印象を大きく変えている。彼女は語り手として、相手を責めるのではなく、静かに寄り添う。原曲の「desperado」は、荒野をさまよう孤独な人物として描かれるが、カレンの声を通すと、それは誰の中にもある心を閉ざした部分のように聴こえる。孤独は特別なアウトローのものではなく、日常の中で愛を受け入れられない人間すべてのものになる。
音楽的には、Carpentersらしいストリングスとピアノが中心となり、原曲よりも滑らかでクラシカルな響きを持つ。リチャードのアレンジは、曲をカントリー・ロックからアダルト・コンテンポラリーへと移し替えている。しかし、単に柔らかくしただけではない。楽曲の持つ寂しさと説得力を、より静かな形で強調している。
歌詞のテーマは、自由と孤独の矛盾である。誰にも縛られないことは一見自由に見えるが、それが愛や他者とのつながりを拒むことであるなら、最終的には孤独を深めてしまう。「Desperado」は、その状態から戻るように語りかける曲である。Carpenters版では、その語りかけが非常に優しく、しかし深い悲しみを帯びている。
「Desperado」は、『Horizon』の中で、カバー曲を自分たちの世界へ完全に取り込むCarpentersの力を示す楽曲である。原曲の名曲性を尊重しながら、カレンの声によって、より内省的で静かな孤独の歌へと変えている。
4. Please Mr. Postman
「Please Mr. Postman」は、The Marvelettesの1961年のヒット曲として知られる楽曲のカバーであり、『Horizon』の中では最も軽快で親しみやすい曲のひとつである。原曲はモータウン初期の代表曲であり、恋人からの手紙を待つ切実さを、明るく弾むリズムに乗せたポップ・ソウルである。Carpenters版では、その60年代ポップの魅力を保ちつつ、より整ったコーラスと洗練されたプロダクションで再構成している。
この曲は、アルバム全体の落ち着いたトーンの中で、明るいアクセントとして機能している。前曲「Desperado」が深い孤独を描いたバラードだっただけに、「Please Mr. Postman」の軽快なリズムは、作品に必要な開放感を与える。ただし、歌詞の内容は単純に楽しいものではない。手紙を待つ語り手は、相手からの連絡がなく、不安と期待の間で揺れている。明るい曲調の裏には、待つことの寂しさがある。
カレンの歌唱は、ここでは比較的軽やかで、リズムに乗ったポップな魅力を見せる。彼女の声はバラードでの深い哀愁が注目されがちだが、この曲のような軽快なポップでも、発音の明瞭さと声の温かさによって非常に魅力的に響く。彼女はソウルフルに歌いすぎるのではなく、Carpentersらしい清潔感を保ちながら、曲の楽しさを伝えている。
リチャードのアレンジは、原曲のモータウン的な跳ねを残しつつ、コーラスの厚みやサウンドの滑らかさを加えている。結果として、60年代ガール・グループの名曲が、70年代のソフト・ロック/アダルト・コンテンポラリーとして自然に生まれ変わっている。
「Please Mr. Postman」は、『Horizon』の中で最もポップな瞬間であり、Carpentersの幅広い解釈力を示すカバーである。明るさの中に待つことの不安を含み、アルバムに軽やかな色彩を与えている。
5. I Can Dream, Can’t I?
「I Can Dream, Can’t I?」は、1930年代に書かれたスタンダード・ナンバーであり、Carpenters版では古いポップ・ソングの優雅さと、カレン・カーペンターの哀愁が美しく結びついている。タイトルは「夢を見ることくらいできるでしょう」という意味を持ち、叶わない恋や届かない願いを抱えながら、それでも夢想だけは許されるという切ない感情を表している。
この曲は、アルバムの中で最もクラシカルな雰囲気を持つ。リチャード・カーペンターのアレンジは、ビッグバンドやスタンダードの伝統を意識しながらも、過度に懐古的にはならない。ストリングスとコーラスが、夢を見るような柔らかな空間を作り、カレンの声がその中心に置かれる。
歌詞のテーマは、現実と夢の対比である。相手が自分のものにならないことを知りながら、それでも心の中でだけは愛を抱くことができる。この感情は、Carpentersの世界と非常に相性が良い。彼らの音楽には、現実の痛みを直接叫ぶのではなく、美しいメロディの中で静かに受け止める姿勢がある。「I Can Dream, Can’t I?」は、その美学を非常に純粋な形で表している。
カレンの歌唱は、ここで特に繊細である。彼女は夢見ることを肯定するが、その声には叶わないことをすでに理解している諦めがある。希望と諦めが同時に存在するため、曲は単なる甘いバラードにはならない。むしろ、大人の失恋の静かな独白として響く。
「I Can Dream, Can’t I?」は、『Horizon』における古典的ポップへの敬意を示す楽曲である。同時に、Carpentersが過去のスタンダードを自分たちの時代の感情へと翻訳できることを示している。夢を見ることしかできない人の寂しさを、非常に上品に歌い上げた一曲である。
6. Solitaire
「Solitaire」は、Neil SedakaとPhil Codyによる楽曲であり、『Horizon』の中でも最も深い孤独を描いた楽曲のひとつである。タイトルの「Solitaire」は一人で遊ぶカード・ゲームを意味し、ここでは孤独な人生、愛を失った後に閉じこもる人物の象徴として使われている。Carpenters版では、カレンの歌唱によって、この孤独が非常に切実なものとして響く。
歌詞では、愛を失い、その痛みから心を閉ざした人物が描かれる。彼は人生を一人で過ごし、感情を表に出さず、まるで一人でカードを並べるように日々を送る。これは「Desperado」とも通じるテーマである。自由や孤独を選んだように見える人物が、実際には愛を受け入れられず、孤立していく。『Horizon』には、このような閉ざされた心を見つめる曲が多い。
音楽的には、ドラマティックなバラードとして構成されている。ピアノとストリングスが感情を支え、曲が進むにつれて徐々に大きな広がりを見せる。しかし、Carpentersのアレンジは過剰に泣かせる方向には進まない。あくまでカレンの声の静かな力を中心に据え、孤独の深さを丁寧に描く。
カレンのヴォーカルは、この曲で特に強い説得力を持つ。彼女の低音は温かいが、その温かさの中に言いようのない寂しさがある。彼女は孤独を演技として歌うのではなく、まるでその人物の内側から声を出しているように聴こえる。そのため、「Solitaire」はCarpentersのバラードの中でも特に重い余韻を残す。
「Solitaire」は、『Horizon』の感情的な中心のひとつである。愛を失い、孤独を選んだように見える人間の内側にある空虚を、静かで美しいバラードとして描いている。Carpentersの哀愁が最も深く表れた楽曲である。
7. Happy
「Happy」は、タイトルの通り幸福をテーマにした楽曲であり、アルバムの中では比較的明るい表情を持つ。しかし、Carpentersの音楽における「happy」は、単純な陽気さとは異なる。そこには、幸福を大切に扱う慎重さ、失われる可能性を知っているからこその優しさがある。この曲も、明るさの中にどこか控えめな陰影を持つ。
音楽的には、柔らかいポップ・ソングとして構成されている。メロディは親しみやすく、リズムも穏やかで、コーラスの響きが楽曲に温かみを与える。『Horizon』全体には孤独や別れの曲が多いため、「Happy」はアルバムに必要な明るさをもたらしている。
歌詞では、相手といることで得られる幸福が素直に歌われる。大きなドラマや複雑な葛藤ではなく、日常的な幸せを肯定する曲である。しかしカレンの歌唱によって、その幸福は浮かれたものにはならない。彼女の声は常に少しだけ影を帯びているため、幸せを歌っても、その背後にある脆さが感じられる。
この曲の魅力は、Carpentersらしい穏やかな肯定感にある。彼らは幸福を派手に祝うのではなく、静かに噛みしめる。これは日本のリスナーにも親しみやすい感覚である。過剰な感情表現ではなく、日常の中の小さな明るさを丁寧に歌う姿勢がある。
「Happy」は、『Horizon』の中で柔らかな光を与える楽曲である。深い孤独を描く曲が多い本作において、この曲は一時的な安らぎとして機能している。ただし、その安らぎもCarpentersらしく、どこか儚い。
8. Baby It’s You
「Baby It’s You」は、Burt Bacharach、Mack David、Barney Williamsによる楽曲で、The ShirellesやThe Beatlesのカバーでも知られるポップ・クラシックである。Carpenters版では、60年代ポップの甘さと切なさが、70年代的な洗練の中で再解釈されている。
歌詞は、相手への一途な思いを歌うシンプルなラブソングである。相手が何をしても、周囲が何と言っても、自分にとって大切なのはその人だという感情が中心にある。構造としては非常にクラシックなポップ・ソングだが、Carpentersが歌うことで、そこに静かな誠実さが加わる。
音楽的には、原曲のガール・グループ的な雰囲気をそのまま再現するのではなく、より落ち着いたソフト・ロックとして仕上げられている。リチャードのアレンジは、メロディの強さを尊重しつつ、コーラスや楽器の配置によってCarpentersらしい柔らかさを加えている。過度に懐かしさへ寄せず、アルバム全体の質感に自然に溶け込ませている点が巧みである。
カレンの歌唱は、ここでも非常に自然である。彼女は相手への思いを過剰に強調せず、まっすぐに歌う。そのため、曲の持つシンプルな愛情が、古びることなく伝わる。カレンの声には、ポップ・ソングの定型的な言葉を本当に感じられるものに変える力がある。
「Baby It’s You」は、『Horizon』の中で過去のポップ・ソングへの敬意を示す楽曲である。同時に、Carpentersがカバー曲をただ再演するのではなく、自分たちの声とアレンジによって新しい表情を与えることに長けていたことを示している。
9. (I’m Caught Between) Goodbye and I Love You
「(I’m Caught Between) Goodbye and I Love You」は、アルバム終盤に置かれた非常に切ないバラードである。タイトルは「さよならと愛しているの間で立ち止まっている」という意味を持ち、別れたい気持ちとまだ愛している気持ちの間で揺れる心理を端的に表している。Carpentersの楽曲の中でも、感情の曖昧さを繊細に描いた一曲である。
歌詞では、関係が終わりに近づいていることを理解しながら、それでも完全に手放せない人物の心情が描かれる。別れの言葉を口にすべきなのか、それとも愛を伝え続けるべきなのか。その中間にいる状態が、この曲の核心である。恋愛の終わりは、はっきりした決断として訪れるとは限らない。多くの場合、人は「さよなら」と「愛している」の間に長く留まる。この曲は、その曖昧で苦しい時間を歌っている。
音楽的には、静かなバラードとして始まり、ストリングスとコーラスが感情を広げる。リチャードのアレンジは、曲の悲しみを過度に劇化せず、カレンの声が持つ自然な哀愁を引き立てている。メロディは非常に美しく、言葉の切実さを柔らかく包む。
カレンのヴォーカルは、この曲で特に深い陰影を持つ。彼女は悲しみを強く叫ばず、むしろ抑えることで、感情の重さを伝える。別れを受け入れられない人の声として、非常に説得力がある。声の低い部分に宿る寂しさが、曲全体を支配している。
「(I’m Caught Between) Goodbye and I Love You」は、『Horizon』の終盤でアルバムの孤独と成熟を深める重要曲である。別れと愛の間で揺れる人間の心を、Carpentersらしい上品で静かなバラードとして描いている。
10. Love Me for What I Am
アルバムの最後を飾る「Love Me for What I Am」は、自己受容と無条件の愛をテーマにした楽曲である。タイトルは「ありのままの私を愛して」という意味を持ち、相手の理想に合わせて変わるのではなく、自分自身として愛されたいという願いが込められている。『Horizon』のラストに置かれることで、アルバム全体の感情が静かな自己認識へと収束する。
歌詞では、相手に対して、自分を作り替えようとしないでほしい、自分の本来の姿を受け入れてほしいという思いが歌われる。これは恋愛における非常に普遍的なテーマである。人は愛されたいと願う一方で、相手の期待に応えるために自分を変えようとしてしまうことがある。この曲は、その葛藤を穏やかに、しかしはっきりと表現している。
音楽的には、静かなバラードとして構成され、アルバムの締めくくりにふさわしい落ち着きがある。大きなドラマを作るのではなく、カレンの声と言葉の意味を丁寧に届けるアレンジになっている。ストリングスやコーラスは控えめながら、曲に温かい広がりを与えている。
カレンの歌唱は、この曲で非常に内省的である。彼女の声には、相手に訴える強さと、傷つきやすさが同時にある。「ありのままを愛してほしい」という言葉は、シンプルでありながら非常に重い。カレンの声を通すことで、その言葉は単なる恋愛の要求ではなく、人間として受け入れられたいという深い願いとして響く。
「Love Me for What I Am」は、『Horizon』のラストとして非常に象徴的である。本作では、孤独、夢、別れ、希望、待つこと、愛されたい願いが繰り返し描かれてきた。その最後に、自分自身として愛されることを求めるこの曲が置かれることで、アルバムは静かな結論を得る。Carpentersの成熟した感情表現が凝縮されたラスト・トラックである。
総評
『Horizon』は、Carpentersのキャリアにおける成熟期を代表するアルバムであり、彼らの音楽が単なる美しいポップスではなく、深い孤独と内省を含むものであったことをよく示している。初期の大ヒット曲群に比べると、本作は全体的に落ち着いたトーンを持ち、華やかな即効性よりも、静かな完成度と感情の陰影が重視されている。
本作の中心にあるのは、カレン・カーペンターの声である。彼女の歌唱は、派手な技巧や劇的な感情表現ではなく、言葉を自然に置くことによって深い感情を生み出す。「Only Yesterday」では希望を、「Desperado」では閉ざされた心への優しい語りかけを、「Solitaire」では孤独を、「(I’m Caught Between) Goodbye and I Love You」では別れと愛の間の揺れを、「Love Me for What I Am」ではありのまま受け入れられたい願いを表現している。どの曲でも、カレンの声は感情を押しつけず、静かに聴き手の内側へ入ってくる。
リチャード・カーペンターのアレンジも、本作の完成度を大きく支えている。ストリングス、コーラス、ピアノ、リズム・セクションは非常に緻密に配置されているが、決して過剰ではない。Carpentersの音楽は、聴きやすさのために細部が目立ちにくいが、実際には非常に高度な編曲によって成り立っている。『Horizon』では、その洗練が特に際立つ。音のすべてがカレンの声を中心に設計されており、アルバム全体に統一された美しさがある。
楽曲構成もよく考えられている。冒頭の「Aurora」で静かに地平線のイメージを立ち上げ、「Only Yesterday」で希望を提示し、「Desperado」「Solitaire」では孤独の深部へ入る。「Please Mr. Postman」や「Happy」は明るいアクセントとなり、「I Can Dream, Can’t I?」「Baby It’s You」では古典的ポップへの敬意が示される。そして終盤の「(I’m Caught Between) Goodbye and I Love You」と「Love Me for What I Am」によって、アルバムはより内面的な結論へ向かう。この流れは、単なるシングル集ではなく、感情のグラデーションを持ったアルバムとしての完成度を示している。
『Horizon』の特徴は、明るさと悲しみの絶妙なバランスにある。Carpentersはしばしば、穏やかで優しい音楽として受け取られる。しかし本作を丁寧に聴くと、その優しさは、悲しみを知らない明るさではなく、悲しみを包み込むための優しさであることが分かる。「Only Yesterday」の希望も、「Happy」の幸福も、どこか儚い。逆に「Solitaire」や「Desperado」の孤独も、完全な絶望ではなく、誰かがそっと見守っているような温度を持つ。この感情の中間色こそ、Carpentersの本質である。
1970年代のポップ史において、本作はアダルト・コンテンポラリーというジャンルの完成度を示す作品でもある。ロックの反抗性やソウルの熱さ、ディスコの身体性とは異なり、Carpentersは家庭のリビング、ラジオ、夜の部屋、個人の静かな感情に寄り添う音楽を作った。その音楽は一見保守的に聞こえるが、声とメロディによって人間の孤独を深く表現する力を持っている。
日本のリスナーにとって『Horizon』は、Carpentersの代表曲を聴き慣れた後に、彼らのアルバム単位での魅力を理解するために非常に適した作品である。親しみやすいメロディと美しい歌声がありながら、アルバム全体には落ち着いた哀愁が流れている。派手な音楽ではないが、長く聴き続けるほど、細部の美しさと感情の深さが見えてくる。
総じて『Horizon』は、Carpentersの成熟した美学を示す名作である。明るいポップ・ソング、クラシックなカバー、深いバラードがバランスよく配置され、カレンの声とリチャードのアレンジが高い次元で結びついている。地平線の向こうにある光と、そこへ届かない寂しさ。その両方を静かに見つめた、Carpenters屈指の完成度を持つアルバムである。
おすすめアルバム
1. Carpenters – A Song for You(1972)
Carpentersの代表作のひとつで、「Top of the World」「Goodbye to Love」「I Won’t Last a Day Without You」などを収録した重要作。ポップな親しみやすさと深い哀愁が高い水準で共存しており、『Horizon』の成熟したバラード表現へつながる作品として聴ける。
2. Carpenters – Now & Then(1973)
「Yesterday Once More」を収録したアルバムで、60年代ポップへのノスタルジーとCarpenters独自の洗練が結びついた作品。ラジオ番組風の構成を含み、過去のポップ・ミュージックへの愛情が強く表れている。『Horizon』のカバー曲の扱いを理解するうえでも重要である。
3. Carpenters – Close to You(1970)
Carpentersのブレイク作であり、「Close to You」「We’ve Only Just Begun」を収録。カレンの声の魅力とリチャードの編曲美が初めて大きく結実した作品である。『Horizon』の成熟した質感と比較することで、彼らの音楽的成長がよく分かる。
4. Bread – Baby I’m-a Want You(1972)
1970年代ソフト・ロック/アダルト・コンテンポラリーを代表する作品のひとつ。柔らかなメロディ、穏やかなアレンジ、恋愛の切なさを中心にした作風はCarpentersと親和性が高い。より男性ヴォーカル主体のソフト・ロックとして比較できる。
5. The 5th Dimension – The Age of Aquarius(1969)
洗練されたコーラス、ポップ、ソウル、ブロードウェイ的な要素を融合した作品。Carpentersとは異なる華やかさを持つが、60年代末から70年代初頭のアメリカン・ポップにおける高度なアレンジとヴォーカル・ハーモニーを理解するうえで関連性が高い。

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