
発売日: 1983年4月29日
ジャンル: オルタナティヴロック、パンクロック、ガレージロック、カントリー・パロディ
概要
『Hootenanny』は、The Replacementsが1983年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、初期パンクの爆発力を維持しつつ、その枠組みを逸脱する奇妙な多様性と遊び心に満ちた問題作である。
前作『Sorry Ma, Forgot to Take Out the Trash』で提示された粗削りなガレージ・パンク路線を一歩進め、今作ではパンク、ブルース、フォーク、ロカビリー、さらにはジャズ風パロディまでをも取り入れた、意図的に“ぐちゃぐちゃ”な構成が魅力となっている。
タイトルの「Hootenanny(フーテナニー)」とは、元々アメリカのフォーク・イベントを意味する言葉だが、ここではその本来の意味を皮肉りつつ、ジャンルも常識もぶち壊して“何でもあり”のパンク的祝祭空間を創り出している。
このアルバムは、後のThe Replacementsが進んでいくオルタナティヴな文脈の序章であり、同時にロックという形式そのものに対するイタズラっぽい批評精神を炸裂させた重要作でもある。
全曲レビュー
1. Hootenanny
タイトル・トラックにして、いきなり“バンドメンバーが楽器を入れ替えて演奏する”という混沌の極み。
演奏の崩壊寸前さと、その中に漂うエネルギーが、アルバム全体の空気を決定づける。
2. Run It
テンポ早めのロックンロール・パンク。
ウェスターバーグのシャウトとスライド気味のギターが絡み、疾走感だけで突き抜けていく。
3. Color Me Impressed
本作のハイライトのひとつ。
シンプルながら哀愁を帯びたメロディと、シニカルな歌詞が結びついた、初期Replacementsの名曲。
ウェスターバーグの“メロディー職人”としての才能が現れ始めている。
4. Willpower
本作では珍しいシリアスなムードのバラード調ナンバー。
不協和音気味のアレンジに乗せて、自己制御の難しさ=若さの混乱を歌う。
5. Take Me Down to the Hospital
ヘビーでスローなグルーヴが特徴のロックナンバー。
タイトル通り、破滅と依存の空気が漂い、後の“失敗者たちのロックンロール”というFables的な側面が濃く現れている。
6. Mr. Whirly
ビートルズの「Oh! Darling」と「Help!」をパロディ化し、著作権ギリギリを突く悪ふざけ。
“Mr. Whirly”はもはやキャラクターというより、反抗精神そのもの。
7. Within Your Reach
本作唯一のウェスターバーグ単独演奏曲で、ドラムマシンを使ったシンセ風アレンジが異色。
未来のReplacements、あるいはソロ活動を予見するような、内省的で美しいバラード。
8. Buck Hill
インストゥルメンタルで、どこかサーフロック風味のあるギターインプロヴィゼーション。
タイトルはミネソタのスキー場の名前で、土地と記憶が繋がるようなノスタルジーを感じさせる。
9. Lovelines
地元紙に実在した“恋人募集”欄の文章をそのまま歌詞にした、アナーキーなナンバー。
パンクの言語解体という意味で、コンセプチュアルな面白さが際立つ。
10. You Lose
ラフでパンキッシュな中にも、どこか陽気なブルース感覚が入り込んでいる。
この自由さが、まさにこの時期のバンドの空気。
11. Hayday
反復的でノイジー、ヴォーカルも曇ったように響く、ミッドテンポの異色トラック。
構成が単調な分、反復が内在する怒りをじわじわと伝えてくる。
12. Treatment Bound
アルバムのラストを飾るアコースティック・カントリー風トラック。
“何もかもどうでもよくて、それでも演奏するしかない”というような、倦怠と希望の共存が胸を打つ。
ツアー生活の破滅と笑いが入り混じった、Replacementsらしさ全開の名曲。
総評
『Hootenanny』は、The Replacementsというバンドが「パンクとは何か」を真面目に考えながら、でも全力で茶化しているという、極めて稀有な状態を記録したアルバムである。
一貫性のなさ、ジャンルの飛躍、パロディ、ユーモア、内省、衝動——それらすべてが“ひとつのアルバムに詰め込まれてしまう自由さ”こそが、1980年代アメリカのアンダーグラウンドに咲いたオルタナティヴ精神だった。
荒削りで、笑えるほどアンバランスで、けれどどうしようもなく“本物”に聴こえる。
この作品には、後のNirvanaやPavement、Beck、Wilcoといったアーティストたちが確実に受け継いだ精神の出発点がある。
おすすめアルバム(5枚)
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Minutemen – Double Nickels on the Dime (1984)
ジャンル横断的な実験とDIY精神が共通。パンキッシュな思想の拡張例。 -
Meat Puppets – II (1984)
カントリー、サイケ、パンクをミックスした混成美学。Hootenannyの“雑多さ”と共鳴。 -
The Dead Milkmen – Big Lizard in My Backyard (1985)
ユーモアとローファイ感が織りなすパンクの異端児。Replacementsのユーモア感覚に通じる。 -
Pavement – Slanted and Enchanted (1992)
“まとまりのなさ”を美学にまで昇華させた90年代オルタナの代表作。 -
Uncle Tupelo – No Depression (1990)
カントリーとパンクの融合という意味で、Replacementsの後継的役割を担うバンド。
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