1. 歌詞の概要
「Henry」は、New Riders of the Purple Sage(NRPS)が1971年にリリースしたセルフタイトルのデビュー・アルバムに収録された楽曲であり、マリファナの密輸を題材にした、ユーモラスかつスリリングなカントリー・ナラティヴである。
物語の主人公は“ヘンリー”という男。彼はメキシコからカリフォルニアへのマリファナ密輸を請け負い、慎重かつ素早くそれを運ぶべく南の国境を越える。道中の詳細や“仕事”の様子が語られるが、それは決してシリアスでもセンチメンタルでもない。むしろこの曲の語りは軽妙なウエスタン・タッチの物語口調で、まるで「ガンマンの冒険譚」かのように展開される。
この構成によって、NRPSは1970年代初頭の西海岸ヒッピー文化とドラッグ・カルチャーを、アメリカの開拓神話になぞらえて風刺的に描くという離れ業をやってのけた。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Henry」は、NRPSの中心人物ジョン・“マーマデューク”・ドーソン(John Dawson)によって書かれたオリジナル曲で、NRPSの初期ライブでは早くから人気を博していた。この曲はバンドの持つアメリカーナ的物語性とヒッピー世代の価値観、そしてカントリー・ロックという形式が融合した代表作とされている。
1970年代初頭のカリフォルニアでは、マリファナをめぐる文化的/政治的対立が激化していた。ヒッピーたちにとってそれは抑圧的な国家権力への抵抗の象徴であり、同時にコミュニティの一部を形成する“儀式”でもあった。「Henry」はそんな社会状況を背景にしながらも、説教臭さを完全に排し、軽やかな語りと陽気なメロディで“密輸”というタブーを民話のように語る。
ペダル・スティール・ギター、アコースティック・ギター、2拍子の牧歌的リズムなど、全編に渡って“カントリー・ウェスタンの伝統”がパロディ的に使用されており、新しいアメリカ音楽の姿がここに浮かび上がる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Henry got to Mexico
And he turned his truck around
He’s talking with the man
Who’s bringing business into town
ヘンリーはメキシコに着いて
トラックを回して戻ってきた
彼は男と話をしてる
町に“仕事”を持ち込むその男と
Now the Sheriff cannot find him
Henry’s always on the run
He’s running goods to California
With a load of Number One
保安官には捕まえられない
ヘンリーはいつも逃げ回ってる
“ナンバー・ワン”の荷物を積んで
カリフォルニアへ運び中
引用元:Genius 歌詞ページ
ここでの“Number One”とは、質の良いマリファナの暗喩だ。保安官(法の象徴)が彼を見つけられないという設定は、体制に捕まらない自由人としてのヒーロー像を、ヘンリーに重ね合わせている。
4. 歌詞の考察
「Henry」は、現代の視点からすれば違法行為を美化しているようにも思えるが、70年代初頭のアメリカ西海岸では、マリファナは単なるドラッグではなく、反体制的文化の象徴だった。この曲で描かれるヘンリーは、犯罪者ではなく、**新しい価値観と自由を運ぶ“現代のガンマン”**として表現されている。
物語の舞台設定は、メキシコとカリフォルニアの国境地帯。これは、**古き西部開拓時代と、当時のヒッピー文化の“交差点”**としての象徴的なロケーションだ。そこを舞台に繰り広げられる「密輸劇」は、まるで時代を超えた民話のようでもある。
そして何よりも特筆すべきは、語り口の軽さと音楽の陽気さである。ヘンリーは追われる男だが、悲壮感はまるでなく、むしろちょっとした冒険に出かける若者のような感覚すらある。これは、カントリー・ロックという枠組みが持つ**“語りと歌の間”にある余白**を、NRPSが見事に活用している証拠でもある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Panama Red by NRPS
もう一人の“アウトロー”が登場する陽気な密輸ソング。Henryとの対になる存在。 - Friend of the Devil by Grateful Dead
犯罪と逃亡を主題にしたナラティヴ・ソング。NRPSとDeadの世界観の共鳴。 - Me and My Uncle by John Phillips(Grateful Dead版)
西部の犯罪劇を軽妙に描いたトラディショナル・バラッドの名演。 - Willin’ by Little Feat
密輸や旅をテーマにした、同じく“アウトサイダーの詩”と呼べる名曲。 - Outlaw Man by Eagles
法をかいくぐる男の物語。70年代アメリカーナに通底するテーマ。
6. 密輸という名の“自由な道”とその叙事詩
「Henry」は、New Riders of the Purple Sageというバンドが持つカントリーとヒッピー文化の美学的融合を象徴する一曲である。
そこでは法も国境もただの舞台装置に過ぎず、本当に重要なのは、自分の道をどう生きるか、誰にも縛られずに走れるかという問いなのだ。
この曲は、犯罪を語っているようでいて、実は**「個人の自由」と「生きるスリル」の物語**である。ヘンリーは英雄でも悪党でもない。だがその物語には、不思議と心を引きつけられる。
ヘンリーは今日も走っている。
砂漠を抜けて、国境を越え、
音楽のなかで、そして私たちの記憶のなかで。
彼はたぶん、今もどこかで“ナンバー・ワン”を運んでいる――
自由の香りとともに。
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