発売日: 1978年4月24日
ジャンル: パワーポップ、ハードロック、サイケデリック・ロック
天国と地獄のあいだで鳴り響く——“パワーポップの完成形”としてのサード・アルバム
『Heaven Tonight』は、Cheap Trickが1978年にリリースした3枚目のスタジオ・アルバムであり、バンドの音楽的バランスが最も精緻に整った作品として高く評価されている。
前作『In Color』でポップな面を強調し、続く本作ではそこにシリアスな叙情性とサイケデリックな闇が注入され、“明るさと不穏さ”が共存する美しい歪みを生み出した。
プロデューサーは引き続きトム・ワーマン。
彼の手腕により、リック・ニールセンの多面的な楽曲群が明瞭に構築され、ロビン・ザンダーのヴォーカルもより幅広い表現力を獲得。
アルバムとしての完成度、収録曲の粒立ち、演奏の洗練度——どこを取っても、Cheap Trickのスタジオ盤の中で最も“決定的”な一枚と言えるだろう。
全曲レビュー
1. Surrender
Cheap Trick最大のアンセムであり、パワーポップ史に残る不朽の名曲。
「ママとパパはクールなんだ」と歌うリリックは、70年代の親子像を皮肉とユーモアで再構築。
キャッチーなサビとギターリフ、そしてコミカルな語り口が、若者の戸惑いと希望を描き出す。
2. On Top of the World
ファズの効いたギターと跳ねるリズムが特徴のアップテンポ・ロック。
タイトルの高揚感とは裏腹に、歌詞には皮肉と疎外感がにじむ。
3. California Man
The Moveのカバーで、エネルギッシュなロックンロールに徹したナンバー。
ロック黄金期へのオマージュとしても機能し、バンドのルーツと遊び心が炸裂する。
4. High Roller
ギターリフとグルーヴ感の融合が冴える、スリーコード・ロックの快作。
“ハイローラー=成金ギャンブラー”をテーマにした歌詞も痛快。
5. Auf Wiedersehen
ドイツ語で“さようなら”を意味するタイトルを冠した、暗く激しいハードロックナンバー。
自殺や絶望を扱った重たい内容を、爆発的な演奏で吹き飛ばすように表現するスタイルは見事。
6. Takin’ Me Back
前半の荒々しさから一転、内省的で落ち着いたバラード。
“昔の自分を取り戻してくれ”というフレーズに、青春の揺らぎが感じられる。
7. On the Radio
ラジオをテーマにした、メタ的な自己言及ソング。
ポップ・カルチャーの中に埋もれる自己像が、軽快なサウンドと対照的に描かれている。
8. Heaven Tonight
アルバムタイトル曲にして、最も異彩を放つサイケデリック・バラード。
弦楽器(マンドチェロなど)とメロトロンが織りなす幽玄な音像は、まさに“天国の夜”の幻想世界。
歌詞では、薬物による陶酔と死の匂いがほのめかされ、美と破滅の境界線をゆらめく名曲である。
9. Stiff Competition
パワーコードの炸裂するロックナンバー。
エロティックな比喩と挑発的な語り口が、ザンダーのヴォーカルで過激に昇華される。
10. How Are You?
意外なほど繊細でリリカルなナンバー。
“君は元気?”というタイトルに隠された、届かない思いの儚さが胸を打つ。
11. Oh Claire
約1分半の短いジャム風インストゥルメンタル(歌詞は「Oh, Claire」の一言のみ)。
タイトルはライヴでの常套句“Eau Claire(ウィスコンシン州の地名)”の語呂合わせ。遊び心満点の小品。
総評
『Heaven Tonight』は、Cheap Trickというバンドのすべての側面——ロックンロールの荒々しさ、ポップセンス、ブラックユーモア、そして哀愁と幻想——が見事に結晶化された作品である。
前作の明快なポップ路線と、次作『At Budokan』の爆発的ライヴ感の間に位置する本作は、“Cheap Trickらしさ”を定義する決定盤と言ってよい。
Surrenderに代表される青春の混沌と期待、Auf WiedersehenやHeaven Tonightに宿る死と逃避の気配——光と影のグラデーションのなかで揺れる音像が、この作品を時代を超えた名盤たらしめている。
おすすめアルバム
- Big Star / Radio City
キャッチーで叙情的なパワーポップ。『Heaven Tonight』と同じ“陰のある明るさ”を共有。 - The Beatles / Revolver
サイケとポップの交差点にある永遠のマスターピース。Cheap Trickのメロディ美学の源泉。 - Aerosmith / Toys in the Attic
同じくジャック・ダグラス制作。ロックンロールとグルーヴの王道がここにある。 - Queen / Sheer Heart Attack
劇場性と楽曲の多彩さ。Cheap Trickの多面的な作風と響き合う。 - The Move / Message from the Country
“California Man”のオリジナルを収録。ブリティッシュ・ポップとグラム・ロックの橋渡し的名作。
コメント