アルバムレビュー：Heaven in a Wild Flower by Nick Drake

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 1985年（編集コンピレーション）
ジャンル: フォーク、バロック・ポップ、アコースティック

野の花に宿る天国——Nick Drake、ささやきのように選ばれた“静寂のベスト盤”
収録楽曲レビュー（代表曲抜粋）
総評
おすすめアルバム
- 関連記事:

野の花に宿る天国——Nick Drake、ささやきのように選ばれた“静寂のベスト盤”

『Heaven in a Wild Flower』は、Nick Drakeの死後1985年にリリースされたコンピレーション・アルバムであり、彼の3枚の公式スタジオ・アルバムから選び抜かれた楽曲で構成された“静かな入門盤”である。

タイトルは詩人ウィリアム・ブレイクの詩「Auguries of Innocence（無垢の予兆）」の一節から引用されており、

“To see a World in a Grain of Sand / And a Heaven in a Wild Flower…”
という言葉が、Nick Drakeの音楽に通底する“ささやかなものの中にある永遠”という美学を見事に言い表している。

本作は長らく廃盤で、後の『Way to Blue』（1994）や『Made to Love Magic』（2004）に役割を引き継がれることになるが、Nick Drake再評価の波を80年代半ばに密やかに呼び込んだ貴重な作品でもある。

収録楽曲レビュー（代表曲抜粋）

1. Fruit Tree（『Five Leaves Left』）
アルバムの象徴的な1曲であり、Nick Drakeの“名声”に対する複雑な感情がそのまま歌になっている。 死後に評価される運命を、予見するかのような静かな預言詩。

2. River Man（『Five Leaves Left』）
5拍子の変則的なリズムとロバート・カービーの弦楽アレンジによって生み出される、“動かぬ流れ”のような不穏で崇高な楽曲。

3. Northern Sky（『Bryter Layter』）
Nick Drakeの中では異例の、希望に満ちたラブソング。ジョン・ケイルによるハーモニウムとチェレスタが、夜空のような幻想感を生む。

4. Hazey Jane I / II（『Bryter Layter』）
都会的アレンジとリリカルな詞が交錯する、Nick Drakeのポップ・センスを感じさせる異色の二部作。

5. Pink Moon（『Pink Moon』）
削ぎ落とされた音の極致。Nickの声とギターのみで構成されたこの曲は、まるで夜明け前の静寂に囁かれる真実のようだ。

6. Things Behind the Sun（『Pink Moon』）
詩的でミステリアスな詞世界と、不安定なギターのアルペジオが共鳴する一曲。Nick Drakeの精神世界を覗き見る扉のようでもある。

総評

『Heaven in a Wild Flower』は、Nick Drakeという名前をまだ多くの人が知らなかった1985年という時代に、“この声を聴いてほしい”という願いを込めて編集された、控えめなベスト盤である。

その選曲は、ヒット性よりも詩情と一貫性を重視しており、彼の音楽の本質——優しさ、喪失感、時間の感覚——をじっくりと味わえる構成となっている。
このアルバムを通じてNick Drakeに出会い、その後オリジナル・アルバムや『Time of No Reply』『Fruit Tree』へと向かうリスナーも多かっただろう。

“野の花の中に天国を見る”という言葉どおり、Nick Drakeの音楽は、日常の中のささやかな美を見つめる者のために存在している。
この作品は、その扉をそっと開いてくれる鍵のような一枚である。