
1. 歌詞の概要
「Heaven Beside You」は、アメリカのグランジ/オルタナティヴメタル・バンド Alice in Chains の3作目となるセルフタイトル・アルバム『Alice in Chains(通称「Tripod」)』(1995年)に収録された楽曲であり、シングルとしてもリリースされ、バンドの中でも比較的メロディアスかつアクセスしやすい曲のひとつとして広く知られている。
タイトルの「Heaven Beside You(君のそばにある天国)」は、矛盾する感情と破綻した関係の中でなお、“そばにいたい”という人間的欲求を象徴している。
歌詞では、愛と罪、誠実さと裏切り、希望と虚無が複雑に絡み合い、語り手の内面が暴かれていく。
この曲は、ただのラヴソングではない。愛しながらも誠実でいられない自分への嫌悪と、その相手に与える痛みへの自覚、そしてそれでも傍にいたいという本能的な矛盾を鋭く描いている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Heaven Beside You」は、主にギタリストであるJerry Cantrellによって書かれた曲であり、その歌詞は彼自身の長年のパートナーだったCourtney Clarkeとの関係にインスパイアされている。彼は当時、ツアー生活と個人的な生き方によって、相手に忠実でいられないことを自覚しており、そうした現実と感情のギャップをこの曲に込めた。
Cantrell自身が語っている通り、「Heaven Beside You」は罪悪感と正直さのはざまで揺れる男の告白である。「正直であることが唯一の誠実さだ」と言わんばかりに、誤魔化さず、綺麗事を言わず、ただありのままの矛盾を晒している。
また、バンドの他の楽曲に比べてこの曲では、Jerry Cantrellがリードボーカルを務めており、Layne Staleyはハーモニーとして参加している。このボーカルの配置もまた、パーソナルなテーマと密接に関係している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、代表的な歌詞を一部抜粋し、和訳を併記する。
Be what you wanna be / See what you came to see
好きなように生きろ 見たいものを見ればいいBeen what you wanna be / I don’t know why I can’t see
君の望む人間になろうとしたけど なぜかうまくいかなかったYou say your life’s a compromise / You say you’ll pay the price
君は「人生は妥協だ」と言う その代償を払う覚悟もあるとHeaven beside you / Hell within
君のそばにある天国 でも僕の中には地獄がある
出典:Genius.com – Alice in Chains – Heaven Beside You
この対比的なフレーズ、「Heaven beside you, Hell within(君の隣には天国がある、でも僕の内側には地獄がある)」は、この曲の主題を端的に言い表している。愛しているけれど、自分にはそれに見合う清らかさがない。そんなジレンマが痛切に響いてくる。
4. 歌詞の考察
「Heaven Beside You」は、Alice in Chainsらしい暗さと感情の深みを保ちながらも、他の作品と比べてより“語るような口調”で内面を掘り下げていく楽曲である。これは、Cantrellによるナレーション的なヴォーカル・スタイルともリンクしており、まるで告白あるいは遺言のように響いてくる。
この曲で特に印象的なのは、「正直であること」が逆説的に「関係を壊す」ことにもつながっているという事実だ。Cantrellは、「愛している、でも誠実ではいられない」という葛藤を、隠すのではなく、真摯に曝け出すことで、それ自体を救済に変えようとしている。
また、曲の中で繰り返される「Heaven beside you」という言葉には、皮肉も含まれている。それは、愛がそばにあるにもかかわらず、自分はその愛にふさわしくないという痛み、**天国に手を伸ばしても届かない“原罪的距離”**を示しているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Nutshell by Alice in Chains
抑えたサウンドの中に、深い孤独と優しさがにじむ静かな傑作。 - In My Time of Dying by Led Zeppelin
死と救済をめぐる、ブルース由来の重厚なロックチューン。 - Black Gives Way to Blue by Alice in Chains
Layne Staleyへのレクイエム。愛と喪失の対極が美しく交差する。 - Given to Fly by Pearl Jam
魂の解放と再生を描いた、同時代のスピリチュアル・オルタナティヴ。
6. アリス・イン・チェインズの「静かな自白」― 許しを求めない赦しの歌
「Heaven Beside You」は、Alice in Chainsの楽曲群の中でも特に“静かな顔”を持った作品である。
しかしその内側では、情動の激流が密やかに流れている。それは叫びではなく、吐息のように伝わってくる。
Jerry Cantrellが言葉を選び、声を押し殺しながら語るそのトーンには、怒りも悲しみもすべて内包されている。
この曲は、関係が壊れていくことへの悔いでもあり、その壊れゆく関係に正直であることへの誇りでもある。
赦しを請うのではなく、“これが俺だ”と語ること自体が、ひとつの赦しの形となっている。
**「Heaven Beside You」**は、罪を犯した人間が、真実だけを抱えて立ち尽くす姿を描いた、不完全な愛の記録である。
そこには“赦されること”よりも、“正直であること”を選んだひとりの男の誠実さがあり、
その誠実さは、やがて音楽という形で、誰かの痛みを静かに包み込んでいく。
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